注目の人気記事

GJ

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr
171: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/12/26(水) 19:27:50.27
空気読まずに投下。


私はとある教育系の会社に勤めてるんだけど、そこにはAという女がいた。
親しげに色々話かけてくれたりしてたので、就職したての頃は凄く優しいいい人だと思ってた。
だから就職して一週間後、寡黙な先輩(男性)が「アレに近づくな」なんて言ってきたときには、
Aさんをアレ呼ばわりなんて酷い!なんて思ってたんだ。

しかしある時ちょっとしたトラブルがあり、よくよく観察してみると、Aがとんでもない人間だということわかってきた。
Aは一見いい人でよく気が利くんだけど、それは外面だけ。
裏で暗躍して様々な人を陥れ、トラブルを引き起こしていた。
確かにそれまで一緒に仕事をしたり話をしていて予兆?はあったんだけど、そのトラブルがあるまでは何にも疑問に
思わなかったし、気にも留めなかった。
けど実際にAのせいで12人しかいない社員の内、4人が一年で辞めたりしていた年もあったし、Aが担当したクラスの子は
変な派閥争いが起こったり、人を見下し貶めるような嫌な性格に変わったりすることが多々あった。
中にはAに洗脳されておかしくなる人もいたし、外部の人はAの本性を知らなかった。
あれこれ糸を引いて、自分の手を汚さず、他人の手でターゲットを潰し、その場にいる人間全てを不幸にする。
それがAのやり方だった。
上司や他の古株さんも注意をしたり対策をしてくれたけど全然ダメ。
仕事も最低限しかしないし、周囲の人間関係も滅茶苦茶にするして職場の雰囲気は最悪だった。

 
続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

607: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/03/26(月) 03:15:24.34
亀だけど>>558で思い出した
手押し車?を押した不安定なお婆さんが、エスカレーター7割くらい上がったところでバランス崩し落ちてきた
が、後ろにいたサラリーマン3人(左に並んでた人と右を登ってた2人)がお婆さんキャッチ
お婆さんも手押し車も逆さまの状態で胴上げみたいになりながら受け止められてた
ほぼ同時にエスカレーター下にいた人が停止ボタン押して、登ろうとした人達全員下で待機
この間みんな無言
お婆さんは無事抱きかかえられてエスカレーター上まで運んでもらっていた
新宿中央線南口エスカレーターでの出来事

続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

591: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/03/26(月) 00:01:46.47
そういえば自分の職場の客が目の前で脳梗塞を起こして修羅場だった

ちょっとソファーで待ってもらってたんだけど、順番になっても来ないから居眠りしてるのかと思って
もう一度見たら、本当に寝てる
声をまたかけたら、本当に熟睡してて…でも上手く言えないんだけど、見た目は寝てるんだけどものすごく
怖くなって、救急車を呼んだ

どうして呼んだのか、と言われるとわからないんだけど待ってる時間の割に睡眠が異常に深い気がしたのと
ソファーに座って居るのに、そんなに熟睡するのが変だったのか…よくわからないけど、救急車が来て
搬送されてCTみたいなのを撮ったらしくてそこでなんか塊があって、発症してすぐすれば復活出来る、
血栓を溶かすものを点滴してもらったら、点滴の途中で目が覚めたんだって。

一人暮らしの50代の女性で、もし家で発症してたらそのまま亡くなっていたと言われたらしくて、菓子折りを
持って車を運転してあいさつに来られた。
でもそれからは恐ろしくてスタッフ全員でその方が来られたらすぐに入ってもらって一分一秒でも早く
お帰りいただくのが暗黙の了解になってるw
(美容院みたいな職種です…施術は完璧にやってますが)

なんというか、命って目に見えるんだね、とスタッフどうしで話すほど、なんか異質な出来事でした

続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr



362: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/02/26(日) 14:41:14.89
流れぶった切り投下

子供の頃の修羅場を2つ
私が小3の時の夏アメリカの従姉妹が日本に遊びに来ていた。
私の家は商店街で毎年お祭りが行われるので、従姉妹と2人見に行っていた。

家のすぐ目の前だし近所の人達もいるし親も危機感は特になかったんだと思う。
私達が歩いていると、後ろから手を引かれ繋がれた。
お父さんかな?と見ると見たこともないおじさんだった。

離してと言っても離してくれず、手を力強く握り夕焼けこやけの歌を歌いながら私と従姉妹を連れて行こうとした

続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr



341: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/02/17(金) 21:15:05.52
もう20数年前の話。フェイク込みなので矛盾はスルーで。

父親が相当なDV男で、母親は鬱に。
私も暴力を加えられていたが、あるとき暴力に性的な要素が入ってきて(未遂)、耐え切れずに家出。
被虐待児のシェルターをやっている家にお世話になりながら、日雇いの肉体労働でお金を貯めてた。
早くお金を貯めて母親を助けたかったから。
自動車の免許取って仕事の幅が広がり、更に大型免許取得可能な年齢になってから即座に大型取得、
地元から離れた土地で運送屋として働いて、遊ぶこともお洒落もせず、ひたすら貯金に励んだ。

その甲斐あって、成人して数年後にはかなりの金額がたまったので、ずっと練っていた計画を実行。

日雇い労働時代の仲間や運送屋の仲間に協力を募り、父親の不在を狙って実家に凸。
嫌がる母親を連れだし、母親の荷物と一緒に私運転のトラックで他県へ。
その間、仲間たちが父親の荷物をすべて運び出して業者に払い下げ。
家賃を滞納しているという話だったので、大家に連絡し、滞納分の家賃と部屋の鍵を渡した。

父親が帰ってきたとき、そこにあったのは鍵を交換された空っぽの部屋と、部屋の前でたむろする
どう見ても堅気じゃない男女。
数年離れていても私の顔を覚えていたらしく、つかみかかってこようとしたが、私の仲間が取り押さえた。
「訴えてやる!」と騒ぐので、「どうぞ、お好きに。警察に言ったら父さんの○○なこととか、●●なことも
全部明るみに出ちゃうね。いいのかな?」と父の過去の悪事(犯罪)をばらすよと脅迫。
鼻先に父の荷物を売った金+αを突き付けて、これ取って黙って去れ、二度と母と私に関わるなと言い渡して解放。
修羅場らしい修羅場ではなかったが、人生の枷が外れた気がして大泣きをした。

ちなみに母のほうは、私が他県に用意したマンションに連れて行った。
当初は父のもとに帰りたいと言っていたが、そのうち洗脳が解けたようで、弁護士を挟んで離婚手続きを取り
今では赤の他人に。

私は父と絶縁したのち念願の大学進学、資格を取って就職。今は母と夫、息子で幸せに暮らしている。
父親にしたらとんだDQN娘だったろうけど、あの時行動に出てよかったと今では思えている。

続きを読む

このページのトップヘ