キチママ警報 -キチママ・生活系まとめ-

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DV

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410: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/09/06(金) 18:06:06.60
父DV。母空気。自分は次子で姉と妹がいる。
日常的に父に殴られ吹っ飛ぶ事があった為、何がスイッチで父に殴られるのか分からず自分は怯えつつぼーっと暮らしていた。
が、反骨精神旺盛な姉はよく父の不興を買い兄弟の誰よりも吹っ飛ばされていた。
ある日いつものように姉が吹っ飛び蹲り、自分も何も出来ずに姉の側でガクブルして居た所、父が自分に一言。
『姉を殺すから包丁を持って来い。持って来なければお前(私の事)を殺す。どうする?』
と選択を迫られた事が恐らく意識ある人生での最初の修羅場。確か年長の年齢だった。
その時の姉の絶望の表情が忘れられない。

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820: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/03/29(金) 23:19:07.55
大したことないが、吐き出させてください。スレチだったらごめんなさい。


私は大学生。
以前付き合っていた彼がいたのだが(同じアパート)、そいつは束縛やDVをする人だった。そしてメンヘラーだった。
だから別れたくても、別れ話の度に包丁持ちだされて殺されそうになってた。
殴られて気絶もしたし、首も絞められた。お金も盗られて、交友関係も全て制限された。
そして、何回目かの別れ話とき、部屋のドアまで壊された。

続く

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127: 1/2 投稿日:2013/03/07(木) 16:41:45.49
流れ切って失礼
長くなったので分けます。読みにくかったらごめん。

私と妹が小学生だったころの話。

ある日、母がいなくなった。
母は当時、趣味とか飲み会とかで家を空けることが多かったから
私達子供からしたら、またどっか行ってんのかーぐらいの認識で
特に疑問に思うこともなく一週間過ごした。

二週間目になって、母が帰ってこないことに関して父から色々問い詰められたけど
どこに行くかもいつ帰って来るかも聞いてない、と言った。
「本当だな?」と念を押され、うんと答えると次の日に警察署へ行くことに決まった。
長い聴取を終え、なんとか捜索願を出した。
その日から父は、「なんかの事件に巻き込まれたんじゃ」とかブツブツ言いながら
テレビにかじりつき、私達には「連絡は?」「繋がんないの?」
「もし繋がったら〇〇って言っといて」と言い付けていた
心配ってよりは躍起になってる感じだったのを覚えてる。

 
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536: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/05/31(金) 20:20:17.44
旦那に精神的DVされていた時が第一の修羅場
毎日怒鳴りつけられ、鬱になった私が生理止まって飯も食べれず
不眠になり、動けなくなっても怒鳴り続けられ顔にツバかけられた。
ああ、こいつ自分の母親介護させたから、もう私は用なしの鬼畜なんだと
離婚を告げると、わりと簡単に離婚同意。
あとでわかったが、私が介護している間に浮気していたらしいw
で、その浮気相手から離婚後に電話があり
「プロポーズされたんですが、どういう理由で離婚したのか親が気にしてるんで」
で浮気発覚
とりあえずありのままにDV&介護押し付け&金遣いの荒さを正直に伝える。
若い娘さんの未来が心配だったからだけど、余計なお世話だったらしく
「聞いているのと違う。信じられない。私さんだから、そうされたのでは?」
で口あんぐり。なので
「お好きにどうぞ、もう無関係なんで」と伝えると
「じゃあ養育費はもう必要ないですよね?あと、その家のリフォームに
旦那君が稼いだお金使ったとの事で、その家に住む権利あるので
出て行って下さい」
養育費は子供の権利だし、この家は私親名義だし、リフォームは
私のパート代で払っていましたで、弁護士ちらつかせて撃退。
これが第2の修羅場
それから、少したって、今度は元舅が倒れた途端に
なぜか介護&資金援助要請ww元旦那と再婚した浮気パー子から。
内容があまりにもアホ過ぎて録音しながら笑い堪えるの必タヒだったwww
うちの娘(小6)に子守もさせてあげるwじぃじの付き添いもお願いね♪だとさ。
とりあえず、もう話通じないので弁護士に相談しますと伝えると
「できるわけないくせにw母子家庭が」と笑って頂けたので
「ご存知ないみたいですけど、亡くなった姑の自己破産の手続きしたの
弁護士雇ったりしたのも私ですが?」でガチャ切りされた。
ついでに「俺がどうかしてた」とロミオメールが元旦那からくるようになったので
「今もどうかしてます。とりあえず法的手段とるんで。あ、ED治って良かったね」
で放置。ずっとレスられた女の恨みも忘れてないよ。
現在進行形第3の修羅場だけど弁護士に丸投げで放置します。マンドクセ

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265: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/03/07(水) 04:58:20.34
すごく気になる流れをぶった切って悪いけど投下。

父は私が物心ついた時からすごく癇癪持ちで突然ブチギレるDV男だった。
以前は母方の祖母と同居しており、酷い事態にはならなかったようだが、
数年後にマイホームを建ててからは母方の祖母とは別居。
それから紆余曲折して父母私妹の4人で暮らし始めた途端、父のDVが激化した。
この時私は小学校低学年だったと思う。

父のDVは私の知る限り身体的・精神的暴力が中心で、理不尽な理由でブチギレた。
唐揚げの味付けが気にいらなければしかめっ面で一つずつ熱々の唐揚げを母に投げつけ
「俺に不味いもの(でも母は超メシウマ)食べさせやがってーふじこふじこ!!」とファビョったり
逆に父が料理した時にソースが天井に飛び散った(経緯不明w)ことに勝手にブチギレて
家中を怪獣のようにドシドシ歩き、バタンガタンと扉を閉め、怒鳴り散らしたりしていた。
とにかく何が地雷かわからなかったので、ずっとビクビクしながらの生活だった。

母が声をかければ殴り倒して首を絞め、私や妹が止めると余計に激昂して手がつけられないので
母はいつも私たちを2階の部屋に押し込めて一人でサンドバックになっていた。
私が中学生の頃にはDV周期がどんどん短くなり、癇癪を起しては暴力にプラスして
テーブルを窓から投げたり壁に穴をあけたり、私の部屋のふすまを破壊したり等、家を壊すように。
家を壊し始める辺りはもう私の進路にも激しく干渉するようになり、ここら辺からは最大の修羅場でした。

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