キチママ警報 -キチママ・生活系まとめ-

キチママ中心に、トメ・ウト・コトメや修羅場などの 2ちゃんねるの生活板全般のスレをまとめたサイトです。

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進学

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825 :キチママ警報 -キチママ・生活系まとめ- 2017/04/13(木) 15:06:21 ID:3BV
ともにアラサー同い年の結婚2年目の夫婦。

夫が昔からの夢を叶えたい!と言って、会社を辞め、進学した。
いまは1週間に3日ほど大学へ行き、あとは家で論文?書いてる。
基本は私の給料で生活して、夫がたまにくれるバイト代(月5~6万)は夫の学費かこづかいにしている。
私は同年代よりちょっとだけいい給料をもらっていて、その代わり激務。
帰宅時間が終電間際になることも多い。

そのため、家にいる夫に洗濯物や炊事をお願いするんだけど、
帰ってくるとやっていないことが多々ある。
いつもだいたい「あ・・・忘れてた」って悪びれず言われる。
仕方ないから、家事にとりかかると、
「仕事で疲れてるんだから、座って待ってて!」
って、妻をいたわる夫の図、みたいな寸劇を始める。

でも、夫は正直家事スキルが低く、とにかく時間がかかる。
味噌汁に野菜炒めにごはんみたいな献立でも1時間以上はかかる。
だったら私が短時間で済ませたほうが早いよね…
クタクタなのに2人分の家事をしなきゃいけなくて、余計疲れる。
ご飯作ってないって言ってくれたら、お弁当でも買って帰ったのに。
夫はずっと料理している私の傍で「俺がやるって言ってるのに」ってむくれてた。

この間もゴミ出しを忘れられてて、
「ずっと家にいるくせに、簡単な家事もできないのか!」
「誰の金で生活してると思ってるんだ!」
って自然に思ってる自分に気づいて、愕然とした。
そんなこと言うオッサンのこと、心底軽蔑してたはずなのに…。
疲れて帰ってきて、ぐちゃぐちゃな部屋、洗濯物の山、出し忘れたゴミ、
空っぽの炊飯器を見るたびにそう思ってしまって悲しい。
べつに完璧な家事を求めてるわけじゃない。
最低限、ゴミを出すとか、ご飯を炊くとか、基本的なことをやってほしいだけ。
勉強大変なのかもしれないけど、でも、たまに「今日昼寝しちゃったー」とか言われるとモヤモヤする。
どうしたらいいんだろう。
長文ごめん。
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180 :キチママ警報 -キチママ・生活系まとめ- 2018/01/20(土) 15:33:42 ID:ehZ
大学入試のニュースを見てて思い出したんだけど
15年くらい前に仕事関係で知り合ったAさん(男性.・当時80代)は
長男、長女、次男の子ども3人を、全員大学まで上げた人だった
Aさんは超のつく田舎の村、その中でも貧しい家の生まれで
小学校しか出てなかったけど頭が良かったようで
兵隊にとられた時に上官にとても目をかけられて
「お前が上の学校まで出ていたらどんなに立派な人物になったことか」と言われたそうだ
その言葉がずっと心に残っていたAさんは
学校に行きたい、勉強したいという子どもたちの願いを退けることができなかった
奥さんと一緒に働き詰めに働いて、苦しい生活の中で何とか学費を捻出した
当時、村ではそれなりに裕福な家でなければ中卒が当たり前で
Aさん夫婦は尊敬というより奇人・変人扱いされた
まして女の子を進学させるに至っては、「あそこの家は〇でも違ったか」とまで言われた
長女が大学進学を希望したのは、Aさんの経済事情はもっとも苦しい頃で
Aさん夫婦は長女の受験の日、仏壇に向かい「どうか落ちてくれますように」と祈ったそうだ
祈りの甲斐なく長女は合格し、Aさんはやはりタヒに物狂いで働いて長女を進学させた
周囲に何と言われようが子どもたちの希望を叶えてあげた気持ち
その一方で、「どうか落ちて」と祈らずにいられなかった気持ち
想像すると切なくなる
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929 :キチママ警報 -キチママ・生活系まとめ- 2016/03/28(月) 18:41:04 ID:uWO
今年高校に入学が決まってる義兄娘が、好きな人ができた、結婚したいから高校に行かないと言い出して
それがうちの夫のせいだと義兄嫁に責められた
一応話を聞いたら、うちの夫が学校を中退して私と結婚したから、義兄娘にもそれが影響してるんじゃないかと
とんでもない理由だった

確かにうちの夫は中退だけど、大学院の博士課程まで進んで単位取得しての退学
退学した2年後に審査に通って博士号を取得している
だから厳密に言えば退学ではないんだけど、義兄嫁は夫が大学院を辞めたときのことは覚えていても
その理由やその後の流れは聞いていなかったらしく、ずっと退学扱いされてた
それくらいは別にこだわることじゃない(夫談)ので特に訂正してなかったんだけど
義兄嫁は「中途半端な人生を選んだ人間のせいで!」とえらくおかんむり

特に、退学してすぐに私と入籍したこともあり、中退して結婚だなんてデキ婚と変わらない!と怒ってた
夫と私は長らく婚約状態で、夫が博士号を取ったら結婚することになってた
夫が退学してすぐに就職し、海外に長期で渡ることになったので、じゃあ籍を入れて2人で一緒に行こうと
なっただけなんだが、義兄嫁に説明しても聞く耳持っちゃくれない

結局、義兄娘は義兄が丸々一週間懇々と説教したら、なんとか考えを改めてくれたんだけど
義兄嫁はその間、娘と向き合うことなくひたすら我が家に矛先を向けてたせいで、義兄と義兄娘の信頼を失った模様

義兄と義兄娘からは「初めて本気で人を好きになって暴走してしまった。迷惑かけてごめんなさい」という趣旨の
謝罪があったので、そこは和解(というか義兄・義兄娘はうちに何もしてないので・・・)
その後、義兄に叱られた義兄嫁が、今度は義兄娘の好きになった人(中学の先輩)に突撃しようとして
本気で2人からキレられたらしい
「お母さんどうかしちゃったんじゃないかな」と呆れてる義兄娘がかわいそうだ
もうすぐ入学式なのに・・・
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335 :キチママ警報 -キチママ・生活系まとめ- 2018/05/19(土) 15:25:58 ID:wIGnXoOg.net
進学で東京に出てきて友達もできて、やっと落ち着いたかなと思ってたんだけど、
仲良くなった数人が、私を見てヒソヒソすることが増えたように思った。
何かやらかしたかなぁとずっとモヤモヤ悩んでて、で、仲良くなったゼミの教授にその事をそれとなく話した。
その前にその子達と何か話してて、きっかけみたいなのあった?って言われたので、地元の話をしたと答えたら教授は納得した表情。

私、その子達と話してる時
「この間部落の集まりで一旦帰ってこいって言われて、せっかく東京に来たのに大変だったよー(笑)」
みたいなことを話してた。
教授に「いい?部落っていうのは、関西では差別用語なんだよ。」と、教えて貰えた。
地元じゃ部落はなんの問題もなくみんなが使ってる言葉で、違和感も何も無かったから。
その子達にはきちんと謝って訳も説明して、むしろ向こうも普通に使うことにびっくりしたと笑ってた。
改めて東京怖いと思ったけど、世間知らずな自分も悪かった……。
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826: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/09/03(火) 02:02:02.50
流れを読まずカキコ

親の希望で進学校に入学。
父は最初、私に「進学させてやる」と言った。
私は行きたい学校があったので、勉強。
しかし高3になると途端に「女が進学する必要ない。卒業したら働け」と言うように。
父はパチンカスだったのでお金が無かったのが原因。

ある日高校へ行くと担任から話があり、
「昨日お父さんが来て、先生と校長先生と話をつけて推薦書を書かせて、会社に採用試験の申し込みに行ったよ」とのこと。
そんなの全然聞いてない。それが修羅場。
その後、その会社で働き始めるが精神を病み退職しました。

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183: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/02/11(月) 03:05:56.26
ちょっと記憶が飛んでいる部分もあるとは思うけれど、投下。

私の両親はとても仲が良く、どちらもどちらにべた惚れ状態。
両親は自営業をしていて、職場が車で1時間程度。いつも母親が早くに帰ってきていた。
母が早くに帰ってくると言っても、仕事に切りがついてから。
そのため、夕食が出来上がる時間までは習い事に行き安全な時間を確保させてもらっていた。
毎日、色々と習い事をさせてもらえていたことは環境のせいとは言え、とても感謝している。
私は兄と一緒に習い事に通っては、覚えの悪い私を兄は「おまえのペースも大切だ」と言っていた。

私の休日(土日)になると、私は自営業先に両親と一緒に行き
両親と一緒に夜に自宅に帰ってきていた。
夏休み、冬休みなど長期休暇はあってないようなもので、一緒に旅行に行ったのは
今でも鮮烈に覚えている2カ所だけ。

自宅は私家族+母方祖母の5人暮らし。
祖母はとても良いまじめな人なのだけれど、当時の私には辛かった。
やはり、親を見ると嬉しく思う年頃だったので
「私の前では違う態度、この子は二重人格!!」といつも言われていた。
みんながやっていたように、家事の手伝いをしてみたいと思い、申し出ると
「私のやり方が気に入らないの!誰に言われたの!!」と、やらせてくれない。
それでも、かって出てみると「ジト目」で見てくる。家の手伝いは、やってはいけないことだと思った。
「みんなが夕飯のサラダを作った、とかシチュー作ったっていうの、私もそうやってお手伝いしたみたい」
と兄に言うと「おばあちゃんは大切にしなきゃいけない、嫌でもおばあちゃんの料理が食べられない時がくる
 それまでは、甘えさせてもらおうよ。だから、その後は○○(私の名前)の味しか食べれないんだなー」
と言うので、祖母の料理をいただけたり、家事を目の当たりに出来る風景が、とても誇らしく思った。

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440: 名無しさん@HOME 投稿日:2010/01/15(金) 15:17:31
小3と小1の娘が2人いて2人とも教育大附属小のテストは受かったけど、
姉は抽選で落ちて地域の公立で妹のみ附小に行ってます。
甥は年中で、お正月に実家に弟達と実家であった時に弟嫁から「附小って~?」と聞かれたので
「上の子の学校みたいにじっとして無い子や、じっと前を向いていられないもいないし、
最初の参観の時から普通に授業をやってるから、足を引っ張られる事はないので、姉を行かせ
られなかったのがとても惜しく思う」って言ったら、「うちの子勉強するかな~」と言うので
私は経験から「親次第」って答え、父が甥に向かって「がんばるか?」と聞いたら甥も「がんばる」
なんて答え、弟嫁も甥に「本当?」なんて笑いながら言ってたので、実家に置いていた
うちの子が使った問題集を出して、不要なら置いて行ってと言ったら持って帰った。
すると正月明けに弟から母に、「弟嫁が子供の進学について義実家から口出しされたから
今後弟嫁と甥は義実家に行かないし、以後甥を義父母に合わせないと言って怒っている」って
電話してきたと母が連絡してきた。
自分から聞いておいて何言ってんだか...

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826: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/09/03(火) 02:02:02.50
流れを読まずカキコ

親の希望で進学校に入学。
父は最初、私に「進学させてやる」と言った。
私は行きたい学校があったので、勉強。
しかし高3になると途端に「女が進学する必要ない。卒業したら働け」と言うように。
父はパチンカスだったのでお金が無かったのが原因。

ある日高校へ行くと担任から話があり、
「昨日お父さんが来て、先生と校長先生と話をつけて推薦書を書かせて、会社に採用試験の申し込みに行ったよ」とのこと。
そんなの全然聞いてない。それが修羅場。
その後、その会社で働き始めるが精神を病み退職しました。

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183: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/02/11(月) 03:05:56.26
ちょっと記憶が飛んでいる部分もあるとは思うけれど、投下。

私の両親はとても仲が良く、どちらもどちらにべた惚れ状態。
両親は自営業をしていて、職場が車で1時間程度。いつも母親が早くに帰ってきていた。
母が早くに帰ってくると言っても、仕事に切りがついてから。
そのため、夕食が出来上がる時間までは習い事に行き安全な時間を確保させてもらっていた。
毎日、色々と習い事をさせてもらえていたことは環境のせいとは言え、とても感謝している。
私は兄と一緒に習い事に通っては、覚えの悪い私を兄は「おまえのペースも大切だ」と言っていた。

私の休日(土日)になると、私は自営業先に両親と一緒に行き
両親と一緒に夜に自宅に帰ってきていた。
夏休み、冬休みなど長期休暇はあってないようなもので、一緒に旅行に行ったのは
今でも鮮烈に覚えている2カ所だけ。

自宅は私家族+母方祖母の5人暮らし。
祖母はとても良いまじめな人なのだけれど、当時の私には辛かった。
やはり、親を見ると嬉しく思う年頃だったので
「私の前では違う態度、この子は二重人格!!」といつも言われていた。
みんながやっていたように、家事の手伝いをしてみたいと思い、申し出ると
「私のやり方が気に入らないの!誰に言われたの!!」と、やらせてくれない。
それでも、かって出てみると「ジト目」で見てくる。家の手伝いは、やってはいけないことだと思った。
「みんなが夕飯のサラダを作った、とかシチュー作ったっていうの、私もそうやってお手伝いしたみたい」
と兄に言うと「おばあちゃんは大切にしなきゃいけない、嫌でもおばあちゃんの料理が食べられない時がくる
 それまでは、甘えさせてもらおうよ。だから、その後は○○(私の名前)の味しか食べれないんだなー」
と言うので、祖母の料理をいただけたり、家事を目の当たりに出来る風景が、とても誇らしく思った。

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406: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/06/24(金) 16:42:30.70
ちょっと前の話だけど、近所の娘さんが大学進学を両親に反対されて
それでも進学する!するなら勘当だ!の大喧嘩を繰り広げ
結局、娘さんは自力で大学に行くと決め、バイトと奨学金で4年間乗り切った。
その娘さんとうちの姉が友達だったんで、何かと連絡を取り合ってたんだけど、当時住んでいたアパートが

「キッチン・トイレ・風呂共同」「電話なし」「給湯設備なし」「間取りは四畳半一間と押入のみ」

だったらしい。
携帯電話も就職活動に必要になるまで持たなかったとか。
「ないことに慣れちゃうと、以外となんとかなるもんですよ」と笑っていたが、凄いと思った。

卒業するまで、その子の両親は「娘はもうタヒんだものと思ってる」「最初からいなかったと思うことにしてる」と
本気で言い回っていたから、こっちも筋金入りかもしれないw

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