キチママ警報 -キチママ・生活系まとめ-

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記憶

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29: 可愛い奥様 2011/02/22(火) 14:32:37.14 ID:Vpjd/4Ph0
連投ごめん。
うちのは記憶を巻き戻せるらしいんだけど
私や子供が「こういった!」と再現するときは馬鹿にしたような憎たらしい口調で再現する。
ちょっと言葉でうまく言い表せないのが悔しいけどわかるかな?
そんな言い方していないよって言っても「いや、こうだった!」と譲らない。

一方、自分が言った場面はとても親切で優しげに再現する。
落差ありすぎて喧嘩売ってるのかと思うけど発達にはそんな風に聞えるのかな?
もしそれが認知の歪みっていうの?なら気の毒だとは思うけど
周りの人間はやるせないよ。

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630: 可愛い奥様 2012/07/13(金) 21:51:11.33 ID:kOrIHWiSP
沸点や切れるポイントが意味不明
晩御飯食べてご機嫌で部屋戻ったので
桃切って持って行ったら腕組みして睨みつけ。
「ここ置いとくね」とスルーしようとしたら
「おい!こんな気持ちにしたまま放っとく気か!」て言われて
「なにが?」て聞いたら「なにが?じゃないだろ!」て怒鳴られた。
記憶の改竄とねつ造で思いだしギレすんのやめて欲しいわ。
「そんなことしてないよ」て言っても「誤魔化す気か!」て言われる。
誤魔化すもなにもこの世の中でそんな出来事は起こってないんですが。
それをどうやって証明するのか。

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780: 可愛い奥様 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iFIEgxdJP
あーもうなんかもうダメだわ。どうしようもないや。
「昨日リビングのエアコンと電気つけっぱなしだったよ」と言うと、
「へ?知らない!」と惚けてるのか記憶がないのか真っ先に否定される。
「でも家にあなたしかいなかったよね」と言い逃れできないようにすると
「あーあれね。理由言おうか。部屋の温度が40度になってて‥」と嘘の言い訳来たからアホらしくなって
「すいません。もういいです」と会話やめたら
「もういいの?あそ。」と終わる。
やった側がノーダメージなのはなんとかならんかね。
かと言ってもう真正面から言い合う気力もないわ。

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62: 名無しさん@HOME 2009/05/14(木) 12:25:40 0
義弟夫婦の方が結婚が早く子供も早かったので、義弟娘は2人とも中学生で
うちは小2の息子と年長の娘。
義弟娘たちは女の子がいなかった義父に凄くかわいがられたそうで、義実家に来たときに
買い物に出たりした時にはお小遣で岐阜の好物や好きそうなものを買ったりしては
仏壇に供えたり、親戚の人に物をもらったりしたら仏壇に見せに行くし、義母にお年玉とかを
貰っても仏壇にお礼を言ってる。
でも、息子が1歳の時に義父が亡くなったのでうちの子には義父の思い出なんてないから
そんなことをしない。
義母は事有るごとに、誰のおかげだあんたらは、とうちの子に小言を言うけど
そんな事を言われてもwwww

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70: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/03/06(水) 11:48:30.70
心因性健忘症?

自分も3~4歳くらいの頃マッチで遊んでぼや騒ぎ起こし火傷負ったが
高校生になるまでまったく記憶の中にそんな事実はなかった
ただ小学生の頃同じ夢を何度も何度も繰り返し見た
幼い自分がマッチに火をつけて、それを振って消そうとするんだけど中々消えず
どんどん火が手に迫ってくる
「あ…あ……」と呆然としてるところでいつも目が覚めた
家の中には柱のこげた跡が残ってたがなんで焦げてるのか長年自分にはわからなかった
親に「ここなんでこんなにまっくろなのー?」と聞いた記憶もある
はっきりと繰り返し見た夢=現実にあった事だと理解したのは
母に「あの頃は火傷のせいでお嫁にいけないんじゃないかと思ってた」と言われたとき
ぶっちゃけどこを火傷してたのかさっぱりわからんほど痕は残らなかった
病院に入院もしてたらしいんだけど一切まったくこれっぽっちも記憶がないんだよねぇ

座布団振り回して必タヒで消火したらしいじいちゃんと
娘が上半身火傷で入院して2歳下の弟を抱えて泊り込みで看病したらしい母の修羅場かもしれない


ごめんよカーチャン
火傷痕なんかなくてもお嫁にいけなかったよ(´・ω・`)

 
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203: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/02/01(金) 01:43:21.44
四半世紀ぐらい前の話です。下注意。

小1の頃、よく神社で遊んでいた。年の近い子がいれば合流するけ
れど、その日はたまたまひとりだった。今思えば中学生くらいのお
兄さんに、「喉かわいてない?」と声をかけられ、「ううん」と断
ると、お兄さんは「男の人はカルピスを作れるんだ」といい、真っ
赤な出べそを出したので、「カルピスの工場は男の人しかいないの
?」とか「みんなそれを瓶に詰めてるの?」やら質問責めにしてた
ら、カルピスが出た。
帰宅して親に興奮して報告したが、反応は覚えていない。ずっと忘
れていたけど、高校生になって友達に何気なくその話をしたら、「
そいつ変態じゃん!」と言われて初めて気づいた。…修羅場でもな
いか。

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781: 名無しさん@HOME 投稿日:2010/01/29(金) 11:46:21
幼稚園の頃、朝起きたら両親がキッチンでものすごい喧嘩をしていた。
炊飯器や一升瓶等を投げ合い、大きな音。
ガラス戸は割れる、聞いた事もない両親の怒声に金切声。
私は泣かなかったと思うが、あの時の自分の心理状態は思い出せない。
怖いと思ったかもしれないし、案外、冷静に傍観していたのかもしれない。
両親が離婚したのは、その後すぐだったような気がする。

小学3年くらいになってから、二つ上の兄に「あの時のこと覚えてる?」と聞いたら
「前日の夕飯はカレーだった、あの喧嘩でカレーは全部床にぶちまけられていた、それと朝飯はヌキだった」
と食べ物の話しかしなかった。
それは覚えていない。

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920: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/10/01(火) 00:29:27.48 ID:uWxpo6PN
流れを読まずに投下

今から十数年前、家から徒歩5分くらいの幼稚園に通っていた。
年長さんになりはじめて一人で登園する日、
中華料理屋の前でおじいさんがおばあさんを轢く瞬間を目撃した。

登園中、歩道をふさぐように車をとめていた老夫婦が口論をはじめ
急に車に乗り込んだおじいさんが車のうしろにいたおばあさんをバックで轢いた。
頭からだらだら血を流して車の下敷きになったおばあさんを見て泣きながら逃げ出し、
登園時間中、大きい交差点で園児を見守っていた保母の先生に泣きつき、半狂乱でその様子を伝えた。
その光景がショックすぎてそのあとしばらくの記憶がないのであの老夫婦がどうなったかはわからないけど
まだ5歳くらいの自分には大きすぎる修羅場だった。

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733: おさかなくわえた名無しさん
投稿日:2013/08/17(土) 19:06:52.56 ID:274pfamI
軍人つながりで俺も個人的なプチ修羅場を

俺の爺ちゃん90歳目前なんだが、去年の暮れに体調崩して一時的にボケが酷くなった(今は元に戻ってる)
ちょうどその頃尖閣問題でメディアが沸いていたからか、寝かせようとすると「電気を消しなさい、爆撃機が来る」とか
「アメリカと戦争が始まる、勝ち目は無いがやらなければいけない」など、記憶が第二次大戦前後に飛ぶようになった
戦争以外でも「今日は○○(県庁所在地、ウチの住所ではない)に行ったらダメ、賃上げデモがあるから危ない」
などと言うので調べてみたら   本   当   に   その記録があった

そんなこんなである程度慣れ、元気になってくれるかねと思いつつその日も爺ちゃんを寝かせようとしたら

「俺くん、庭に爺ちゃんを捕まえに来た奴のタヒ体があるから、臭わないように物置に隠さないといけない」

と言った
ウチの爺ちゃんは陸軍だったが、戦闘に直接関わる任務ではない+任地はずっと本土だったから敵と交戦してるはずがない
ボケてはいたが記憶の内容は実際に経験したことばかりだったから妄想だとも考え難い(爆撃機云々は本当に大空襲があった)
じゃあ爺ちゃんが殺した奴ってのは一体何者だ?と顔には出さなかったが内心パニックになった
その時は俺一人で爺ちゃんを世話してたので、家族にはそのことをまだ話していない

これが1つ目の修羅場
2つ目は、↑を終戦記念日に書こうと思ってたら食中毒でぶっ倒れて頭を強打、生まれて初めて救急搬送
ぶっ倒れる瞬間を偶然見ていた両親と爺ちゃんが大変心配したという情けない修羅場w

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757: おさかなくわえた名無しさん 投稿日:2013/06/14(金) 13:46:14.27 ID:bL5we0cy
誰とも揉めたわけではないけれど子供の頃の個人的な修羅場。


幼稚園年長の頃そろばんを習っていた。
その教室でクリスマス会が開かれた。
幼稚園と小学生で数十人は集まっていたと思う。
オレンジジュースとお菓子が出て、暗算大会とかがあって
最後の方でプレゼントのくじ引きがあった。
前に出て番号を引き、その番号のプレゼントを次々に受け取って行った。
私のは上位の賞だったので鉛筆やペン、のり、メモ帳などが
沢山入った素敵な文房具セットだった。
本当に嬉しくて大金持ちになったような気分だった。
「三丁目の夕日」みたいな環境だったので我が家では文房具一つ一つが宝物だった。
何度も取り出しては眺め、なおしてはまた眺めて「早く家に持って帰って
お母さんに見せよう、妹には何か一つ分けてあげてもいいかな」と思っていた。

私の前の席には小学生の4~5年生くらいのお姉さんが二人座っていた。
曜日が違ったみたいで、知った顔ではなかった。
その二人が何回か私を振り返っていたことを覚えている。
終わったあとでそういうことだったのかと気づいたのだけれど
そのときは別段何も思わなかった。
そして一人が私に「ねえ、これとそれ、かえっこしよ」
「こっちの方がたくさん入っているよ」みたいな事を話しかけてきた。
もう一人の人も「私ならかえっこする。
絶対こっちの方がいいもん」のような内容で薦めてきた。

私は素直に信じた。
「私が小さいからもっといいものを譲ってくれようとしているんだ、
なんて優しいお姉さんたちなんだろう」と。

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