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299: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/01/09(水) 00:22:38.39
全然シリアスじゃないんだけれど、俺の元旦からの修羅場を聞いてくれ。
元旦に親戚の集まりに、嫁と子ども連れていったんだ。
男オタク独身ばかりの兄弟や従兄弟たちの中でも、かなりディープな30代後半の
オタクの俺を、何かの間違いで向こうが好いてくれて一緒になってくれた、
奇跡の嫁ってことで、ジジババ連中は、うちの嫁と子どもを猫かわいがりしている。
いつもは10人程度の集まりだったんだけれど、今年はうちの子どもが、
久しぶりに参加する集まりだからって、ジジババ兄弟従兄弟その他が
集まりに集まって、30人ぐらいになった。

子どもも大はしゃぎで親戚連中に幼稚園で習った歌とか歌ってたんだけど、
本当に唐突にいきなり、子どもが大声で、「でも、僕はパパのこどもじゃない!」って
言いだした。最初は爆笑していた親戚も、何度も真剣に「本当だよ!」って
子どもが言い続けるため、オロオロ。
嫁が止めても俺が止めても「だって違うんだもん!」と止まらない。
「じゃあ誰の子なの?」と従兄弟が聞くと、指差したのは天井。
親戚がどよめきだしたところで、子どもが「僕、愛の子ピョンピョンなんだ!」

酔っぱらった親戚は大爆笑してたけど、俺は後で嫁に裏に連れていかれて、
「何のアニメ見せた!」と激怒されて、正月早々大変だった。
濡れ衣だ。どこで覚えたのか本気で分からん。我が子ながら怖い。

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526: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/01/02(水) 22:07:25.43
正月早々嫌な話で申し訳ないが、吐き出し。
ものっそ長いので、忙しい方は読み飛ばして。

27歳の時に3つ年上の男性と結婚した。
付き合ったのは2年半ぐらい。
私は三流大卒なんだけど、彼は大学院まで出ていたので
すごく理知的で素敵な人だと思っていた。当時は。
私の知らないことを沢山知ってるし、話を聞いてるだけでも楽しかった。当時は。
結婚しようって言われたとき、正直迷った。
彼の実家は創業○年っていう歴史のあるお店をやっていて
大きな家で裕福な暮らしをしている。
私の方は早くに父が亡くなった母子家庭で、
一応持家だけど広い庭があるだけの築50年のボロ家。
あまりにも格差があり過ぎると思ったから。
でも彼は気にしないって言ってくれたし、向こうのご両親からも
特に反対はされなかったので、結婚まではスムーズだった。
ところが結婚した途端に少しずつ本性が見えてきた。
新婚旅行先で、これからのお金の管理について話された。
それは相談ではなくて決定だった。
家賃も公共料金も食費も何もかも折半、
それぞれの車に関する維持費や保険、携帯電話など個人の支出は
それぞれが自分で支払うこと。
既に加入している生命保険の受取人の名義も変更はしない。
最初何を言ってるのか分らなかった。
夫婦になれば、夫が稼いで妻がやりくりしながら管理し、
パート代は家族の将来の為に貯金に回して・・・と漠然と考えていたし
そういうものだと思ってたから。
第一、子供が生まれたらどうなるんだろう。
当然働けなくなるし、そうなれば折半にはできない。

 
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422: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/03/17(土) 07:31:37.15
先日入院した。どうやらタヒに掛けてたらしい。
明日意識が戻らなければ、最悪植物状態も覚悟するように、と言われてたらしい。
ちょっと家の事でゴタゴタしていたのが原因らしい。
で、母が「うちに来なさい」と言ってくれたので、何十年か振りに実家にお世話になってたんだけど…
退院したものの、すぐに心臓・腹部・足に水がたまり、歩く事も出来なくなった。
が、なるべく迷惑を掛けたくなかったので、自分の食事は宅配弁当(勿論自分の貯金から)等していたが。
母は「お前(私)がトイレを使うから水道代が5,000円、光熱費が15,000増えた」
「金払わん厄病神」「あー疲れた疲れた、病人の世話は疲れるわー」
食事は作らせた事は無い。むしろ早起き早寝。生活費として、最初に15万渡していた。

宅配弁当には貧相・不味そうと文句を付ける割には、食べたがる。
少し歩けるようになると、ゴミ出しと食事作りや買い物をしていた。
何か失せ物(自分で食べたり置いた物)を私が盗んだと言い出す。
父に不満があると、寝ている私(夜中の3時w)を起して愚痴数時間。

一番キツかったのが、泥棒扱いと愚痴に同意しなかったら
「お前は○○(父方)の汚い血を継いだ!××(タヒんだ兄)は母似!」
「なんだあんないい子だった××がタヒんでお前が生きてるんだ。あの時タヒねば良かったのに!」
「お前は誰からも嫌われる、早くタヒね!」

一月で逃げ出して来たけど、今だに胃が痛い。
ボケちゃったのかな…でも、正直あの人にはもう会いたく無いよ。
自分が言った事は全て無い事で、買い物や家事要請がくるけど、行きたく無い。

自分の心の中が、今修羅場中。

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893: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/12/30(金) 12:12:48.13
3年前、当時34歳、彼氏は5歳年下、一年付き合って結婚の話が出た。
うちの両親への挨拶は問題なかったが、彼氏の両親への挨拶が酷かった。
まず、「うちの息子はあなたにたぶらかされた」みたいな事で罵倒された。
年齢の事をぐちぐち「常識が無い」「恥ずかしい」「もうすぐ羊水が腐るのに、子供が生めるのか」そんな暴言を一時間くらい言われた。
あげく、「5歳も上の相手をもらってやるから」と条件を出された。
子供が出来るまでは共働き、同居しながら家事もしろ、稼ぎは全て仕送りに、2年子供が出来なかったら慰謝料を払って離婚する事。
腹が立つと言うより、あまりの内容にぼーっとしてしまったら、どうも「了解した」と思われたらしい。
彼氏はその間空気、帰り駅まで送ってもらった時、「怒られたけど、許してもらってよかったね!」と言われて何かが切れた。
幸い、口頭での約束だったので、速攻婚約破棄、彼氏両親からは「慰謝料払え」みたいな事を言われたけど無視
これが私の人生2番目の修羅場だった。

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894: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/09/22(木) 18:51:58.86
3年前、建築関係の仕事をしている旦那が腰を痛めて働けず、いつ治るのか
そもそも復帰できる程度に治るのか分からないという状態が2ヶ月程続いた時
「〇〇子(当時高1の娘)は強い子だから一人で生きていけるよな?」と涙目で言われたと時は
凍りついた。ヘタレな私は物の数に入らないという意味なのか、私を残していくと娘を道ずれに
後追いしかねないから、夫婦でタヒのうという意味だったのか。

旦那が一番辛かったのがその頃で、しばらくすると身体も気持ちも回復して、予定していた大きな仕事も
無事終えることができた。今また不景気でけして楽な生活ではないけど、一度地獄を見たせいか旦那は
大して落ち込んではいない。しかし私はあの時のショックでさらにヘタレになってしまったような...

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