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毒親

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502: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/05/30(木) 23:06:29.61
妹が就職して家を出ることになったとき、母親(毒)が発狂して包丁を持ち出した。
「就職なんかしなくていいからずっと家にいなさい!」とか言ってた。
止めに入った私は殴られ、妹は腕を刺された(軽傷だったけど)。
そのあと私と妹は手を繋いで家を出た。夜行バスの中で、私のケータイががんがん鳴ってた。
出ると「バカヤローてめー家を出やがって、ぶっ殺すぞ!」と。妹がケータイを折って窓から捨てた。
そのあとは妹と二人で暮らした。一度も実家には帰っていない。
先日妹が結婚した。

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422: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/03/17(土) 07:31:37.15
先日入院した。どうやらタヒに掛けてたらしい。
明日意識が戻らなければ、最悪植物状態も覚悟するように、と言われてたらしい。
ちょっと家の事でゴタゴタしていたのが原因らしい。
で、母が「うちに来なさい」と言ってくれたので、何十年か振りに実家にお世話になってたんだけど…
退院したものの、すぐに心臓・腹部・足に水がたまり、歩く事も出来なくなった。
が、なるべく迷惑を掛けたくなかったので、自分の食事は宅配弁当(勿論自分の貯金から)等していたが。
母は「お前(私)がトイレを使うから水道代が5,000円、光熱費が15,000増えた」
「金払わん厄病神」「あー疲れた疲れた、病人の世話は疲れるわー」
食事は作らせた事は無い。むしろ早起き早寝。生活費として、最初に15万渡していた。

宅配弁当には貧相・不味そうと文句を付ける割には、食べたがる。
少し歩けるようになると、ゴミ出しと食事作りや買い物をしていた。
何か失せ物(自分で食べたり置いた物)を私が盗んだと言い出す。
父に不満があると、寝ている私(夜中の3時w)を起して愚痴数時間。

一番キツかったのが、泥棒扱いと愚痴に同意しなかったら
「お前は○○(父方)の汚い血を継いだ!××(タヒんだ兄)は母似!」
「なんだあんないい子だった××がタヒんでお前が生きてるんだ。あの時タヒねば良かったのに!」
「お前は誰からも嫌われる、早くタヒね!」

一月で逃げ出して来たけど、今だに胃が痛い。
ボケちゃったのかな…でも、正直あの人にはもう会いたく無いよ。
自分が言った事は全て無い事で、買い物や家事要請がくるけど、行きたく無い。

自分の心の中が、今修羅場中。

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895: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/03/13(火) 01:58:11.44
毒親ってどこにでもいるんだね。

長女長男次女(自分)で、なぜか幼いころから疎まれていた
4歳だったと思うが「お前なんか産むんじゃなかった」と言われた。
アイロンを押しつけられた左手の肘にはまだ跡が残っている。
寝ていたらいきなり口を枕で押さえられた。無我夢中で振り払ったのは小学生の頃。
姉や兄は家事手伝いは言いつけられなかったのに、自分1人だけあれやれこれやれと言いつけられた。
旧式の風呂(うまく説明出来ないけど、竈?で新聞紙に火をつけてそれから材木の切れっぱしを入れる)
を沸かすのは自分が小学校に入った途端にやらされた。
マッチで火を付けるのが怖くて、沸かすのを失敗するたびに「役立たず!」とぶん殴られた。

修羅場なんて言葉は当然知らなかったけど、いつもびくびくしていた自分はまさにその状態だったかもしれない。

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505: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/02/10(金) 22:19:20.90
ふと思い出した修羅場。 

物心ついた時から、父は娘である私のことが心底どうでもいいようだった。 
兄には甘く優しく、誕生日・クリスマス・子供の日などのプレゼントは惜しまなかったし(私には何もなし。お祝いの言葉すらない。) 
昔のアルバムを見てても、兄を抱いてたり手を繋いだりしてる写真は山ほどあるのに、私と一緒に写ってる写真はゼロ。 
ただ、兄は普通に私のことを妹として可愛がってくれてたし、母も兄と私を平等に扱ってくれてたので当時は特に気にしてなかった。 
ここまでが前提。 

小学生の頃、私はかなり酷いイジメに遭ってた。 
そんなある日の学校で、いじめっ子に階段から突き落とされた上に顔面に思いっきり蹴り入れられて、左足靭帯断裂・前歯2本折れるという自体に見舞われた。 
病院に行って、手当てを受けてから家に帰ったときには既に18時ぐらい(だったと思う)で、父・兄は既に家にいた。(母は私と一緒に病院にいた) 

いじめっ子に対してカンカンに怒りながら、父と兄に私の怪我の事情を説明する母。 
→途端に天を仰いで爆笑する父。 
→「たかがいじめで病院とかwww弱すぎだろwwww」 
  「顔蹴られた?どうせ汚い顔なんだから別にいいだろwwwどうせなら整形でもしてもらえばwwwww」と笑いながら言われた。 
→母・兄ブチ切れ。母は台所にダッシュして包丁を、兄は護身用に部屋に置いてあった金属バットを持ってくる。 
→母、父の腹を包丁で刺す。兄、バットで父の肩のあたりをフルスイングを繰り返す。 
→母、途中で包丁を落とす。(後で本人に聞いた話によると、人の体を刺す感覚に「ゾワッ」となってしまい最後まで刺せなかったらしい) 
→折られた歯と足の痛みを堪えつつ、泣きながら兄を止める私。 

その後すぐに母・兄・私で家を出て、私だけ母方の祖母の家に預けられた。 
「もしかして母と兄は逮捕されるのか?」とビクビクしてたけど、1~2週間ぐらい?経って(この辺ちょっと記憶が曖昧だけど)二人揃って私を迎えに来てくれた。 
それからは二度と父に会ってないし、離れてた間に何があったのかも誰も教えてはくれなかったし私自身も聞こうと思わなかったので 
自分の身に起こった修羅場なのに詳しい事情がわかってないのですが、あのときが人生で一番の修羅場でした。

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849: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/02/06(月) 17:50:14.57
ただただ愚痴+文下手長いのでなので先にごめんなさい。

私:当時小学校6年、父似で大柄
父:仕事人間、真面目
母:美人+ヒステリー
弟:小学2年、母似
Aさん:母の遠縁という男性、会社役員

父が仕事で海外単身赴任。
母が「行かないほしい」と泣くも仕事なのでしょうがなく、
私に「母さんと弟を頼むぞ」と引っ越し。
母のヒステリーが悪化し、私への罵詈雑言も悪化。
家事をしていて忙しいので無視していたら、母実家に泣きつく。
母の遠縁というAさんが「話を聞こう」と家に来る。
母、泣きながら父のこと等を話す。

ようやく落ち着いたと思ったら、学校から帰るとよくAさんがいるようになる。
土日も深夜までいて、子供心にも「おかしい?」と思ったところで
母に「父に言うな。ただの親戚なのに勘違いされる」と繰り返し釘をさされる。

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