キチママ警報 -キチママ・生活系まとめ-

キチママ中心に、トメ・ウト・コトメや修羅場などの2ちゃんねるの生活板全般のスレをまとめたサイトです。

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341: おさかなくわえた名無しさん 2014/02/27(木) 18:56:58.33 ID:nbNOJs00
10人姉弟の6番目として戦中に生まれた母親は
3歳で終戦を迎え、6歳で樺太から日本に引き揚げてきた
奇跡的に一家全員が無事だったとはいえ日本での生活は苦しく
母親は中学こそ何とか卒業したものの下の弟妹の世話や家の手伝いに追われ
ほとんど勉強できなかったことに悔いを残していた
その後美容師の資格を取り、結婚後も美容師として働いていたが
俺が中学に入ると俺の教科書を借りて勉強を始めた
勉強自体がおよそ20年ぶり、しかも頭の回転も記憶力も10代のようにはいかない
それでも家事を終えた夜、一生懸命に教科書をめくりノートを取っていた
当時の俺は部活一筋で自主的に机に向かうのはテスト前くらいだったが
母親のそんな姿を見るうちに負けてらんねえみたいな謎のライバル心が湧き
自然と勉強する時間が増えていった

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259: 1/3 2014/04/07(月) 10:08:04.23 ID:G04D3Im1
私の母の存在で、村1つの在り方と数多くの娘さんの人生が変わっていた話。
30年位前の話でフェイクもりもりなのでつじつま合わないところあったらごめんなさい。

私の母は距離にして北海道→関西くらいまでの大移動をして進学をした人。
進学先と同じ土地で就職。私の父に出会い、結婚した。
父の実家は新幹線の停まらない駅から更に車で2時間の超田舎。
田舎と言うともう少し街側に住んでいる人に「お前らと一緒にスンナ」と言われるくらい田舎。そして農家。
ほとんどの家庭で嫁いびりっぽいことはあったそうだが、周りがそんな環境なので当たり前の雰囲気だった。
しかし私母はそんなこと気にしない。ガンガン正統派にやり返し、陰で鬼嫁と言われていた。
この辺は今回の話とは関係ないので省略。

私は妹と2人姉妹。
祖父母と同居しており、実家は例にもれず農家。

当時は学歴社会と少子化が顕在化し始めたころで、10年ほど前から2~4人くらいの兄弟構成が多くなりつつあった。
そうすると当然ながら男の子のいない家庭が出てくる。
しかし膿家は女の子でも容赦なし。進学先の選択肢などなく長子は農業高校一択。
農高なんて農家がほとんどだからみんな実家を継がなければならず、婿入りしてくれる相手なんて見つからない。
私地元の農高は大変偏差値が低く農業大学に進学するほどの学力はない人が多く
地元に戻る→結婚相手が見つからず途方に暮れる、みたいな流れがちらほら出始めていた。
昔なら養子縁組もあったのだろうが、時代の流れでそれも難しい。

そんな中、私は母の方針で公立普通高に進学。
祖父母が何か言っていたらしいが、父が普通高→農業大学なのでその流れでいくと思わせて了承させる。
まぁ、農業大学ならバイオ系の研究職もあるな~くらいに思っていた高校1年生の時に父が事故で急逝した。
ここで私の人生一変。村の未来も一変。
テンプレ嫁いびりを受けていた母はさっさと妹と私を連れて田舎を脱出。街中で新しい生活を始める。
母は嫁いでからは農業を手伝っていたが、実は結婚前は看護師だった。
あっという間に前の職場のツテを使って好条件で復職。大変だったろうが、女で1つで私たちを育て上げてくれた。

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665: 名無しさん@おーぷん 2016/04/03(日)13:15:03 ID:8j5
今から十年ぐらい前、私が未就学だった時に起きた母には絶対に逆らうまいと誓った母の武勇伝
動物のタヒにネタが入ってくるので苦手な方は回避で

私は子供の頃頭に超が付くくらいのド田舎に暮らしてた
そこは母方の祖父の家で、広い庭でっかい狼みたいな紀州犬を飼ってた
田舎だったから保育園なんてなくて、庭でその犬と遊ぶのが私の日課だった
この子は雌の犬でめちゃくちゃ頭が良くて、大人しくて可愛い犬だった
勿論、大きな犬だから頑丈な鎖で繋がれて、他に迷惑をかけることもなかった

そんな犬を目の敵にしている近所に性格の悪いオジサンがいた
うちの庭にいる犬にしょっちゅう文句をつけてた
他にも犬を飼っている家庭は多いのに、何故か我が家にだけ執着しているみたいだった

そんなある日、犬が三匹のまるい子犬を産んだ
ちっちゃい子犬がかわいくて、私が子犬と遊ぶときは庭に子犬を放し飼いにしていた
庭が凄く賑やかになってその日も子犬とはしゃいでいたら、ふとしたときに庭の生垣の向うにオジサンがニヤニヤ笑っているのが見えた
何してるんだろう、と思った瞬間、オジサンがスコップに乗せた何かをポーンと庭先に投げ込んできた
ロープかな?とおもったら、なんと蛇
私が小さかったからそう感じたのかもしれないけど、子犬なんて楽々と丸飲みできそうな大蛇だった
怖かったけど足が震えてどうすることもできず、蛇に飛びかかろうとする子犬三匹を抱えてぎゃあぎゃあ泣くしかできなかった
そんな私をみてオジサンは爆笑。生垣向こうで手を叩いて笑っているのを今でも覚えてる
母犬はけたたましく吠えながら歯痒そうに鎖をがっしゃんがしゃん鳴らしてた

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303: 名無しさん@おーぷん 2015/04/01(水)13:35:07 ID:U1J
母の訃報を大喜びで今か今かと待ちわびていたこと。

子供の頃、ペット飼いたい、だけどノーリードの犬に噛まれて以来犬が怖かった私に、
母が犬を買ってきた。しかも大型犬のレトリーバー。
びっくりする私を、母はあんたが欲しがってたペットでしょ!なんで喜ばないの!と叱りつけた。
私が欲しかったのは猫か鳥だったんだけどね。
苦手は苦手なりに、面倒見たり一緒に遊んだりしていれば情が移る。可愛くなってくる。
子犬だったこともあって恐怖感は徐々に薄れ、数ヶ月もすればすっかり犬好きになっていた。
そしたらある日の夕食時に、突然あの犬上げることにしたからと告げられた。
驚愕、後号泣の私に、あんた犬嫌いだったでしょ、あんたのためにもらい手探してきたのに
なんで泣くの!と母は怒り狂った。

母のことを思い出す時、一番強烈に思い起こされるのがこの記憶。

運動音痴で超インドア派だった私が、ピアノか絵画教室に通いたいと頼んだ時も、
なぜだか体操教室とプールに突っ込まれた。
泳ぐ方はそこそこできるようになったけど、体操はぜんぜん上達しなかった。
この時は体が弱くて話し下手な私を、
体力をつけさせつつ同じ年頃の子達と馴染ませようと思ってくれた親心なんだろうと信じてた。
実際にはぜんぜん逆で、まったく上達しない私は周りの子に馬鹿にされてからかわれていたけど。
だけど犬のことがあって、ああ母は私が嫌いなんだなと自覚した。

家庭内では影の薄かった父が亡くなり、母が独居になり、体調が思わしくないので、
一緒に暮らそうって催促が来たのを無視したり冷たくあしらったりするのがとても楽しかった。

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528: 名無しさん@おーぷん 2016/02/25(木)11:44:36 ID:Kdl
妹は幼少期自他共に認める活発な子でよく怪我したりトラブルを起こしていた。
だけどその内何割かは私が危ないと分かっていて誘導したもの。
少し高い所から飛び降りるとか有刺鉄線を潜り抜ける遊びを
「妹ちゃんは無理だからやめときな」とさも心配するように見せ掛け
下の子にありがちな負けじ魂を煽って自爆させたり
触り方によっては怒る動物にそれとなくNGな触り方を勧め噛み付かせ
病気で寝ていないといけないのに本人のワガママに付き合って遊んでますよの体で悪化させた。
表向きは妹が勝手にやったと思われていたし私は子供なりに頑張っていた証拠があるから
母が保護者なのに監督不行き届きとして責められ私は何も言われなかった。
たまに可愛いと思っても基本生意気でどこにでもついてくる妹が邪魔で嫌いだったし
妹の世話を子供の私に丸投げしてそのくせ失敗すると廊下の隅に追い詰めてボコボコに殴りつける母も嫌いだったので
妹が泣くのはちょっと可哀想だったけど母が祖母や父に責められるのは正直ざまあだった。
最近話したけど母も妹も本人のドジと思っていたのでこのまま墓場まで持っていく。

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