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小学生

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685: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/02/06(水) 06:51:17.91
ウンコの話だから注意してほしい。

当時職場だったところは、屋外の仕事だったので、通りに面するように
仮設トイレが置いてあった。近くにコンビニないし、通りすがりの人が
使ってるのは知ってた。黙認されてたと思う。
帰る時に、建物や敷地の入口とかと同じように、仮設トイレも鎖をして
鍵をしめて帰る、と決まってたけど、誰も守ってなかった。
でもある日、塾帰りらしき子どもが二人、トイレに入って遊んで、トイレごと倒れた。
子どもは糞尿まみれで、倒れた時に破損したトイレやブロックの破片で怪我もして、
ちょっと閉じ込められた状態になってしまい、救出されて入院する騒ぎになった。
そしてその子どもの親が「仮設トイレを放置していた監督責任を問う」と
怒りに満ちた書きなぐりFAXを送ってきて、その責任を、その日鍵しめ当番
だった人が負うことになった。俺だった。

入院中のガキを見舞おうとして拒否されたり、受験の大事な時期なのにと
騒ぐ親と話し合ったり、親同士の喧嘩を仲裁したり、トイレの場所を移動し、
看板を作成し、本社にも説明に行き、工事が遅れないように残業したりと
大変だったのが修羅場。
当時は「何で二人で入ってトイレで遊んでたんだよ」とだけ思っていたけれど、
今日ふとエ□画像見ていて、ふと「二人とも小六男女だったし、あそこでやってたのか」
「だから女親の方がブチ切れてたのか」と腑に落ちたので書く。

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30: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/02/23(木) 15:45:13.58
小学生の時、クラスメイトが遊びに来た。
彼女が帰った後、母が深刻な顔をして「財布にさわったか」と聞いてきた。
否定するとしばらく考え込んでから、
「お金が減っている。状況からお前のクラスメイトが盗ったとしか思えない」という。
父の帰宅後話し合い、「今のうち(三年生)におおごとにした方が相手のためだろう」ということで相手方に連絡。

…向こうの母親が子を連れて怒鳴りこんできた。
「人の子を泥棒扱いするか」「そっちの子(私)が盗ったんだろう」
私はとうに寝る時間を超えての騒ぎと、尋常じゃない雰囲気に泣きだしてしまい、
よけいに疑いを深められたらしいが。

最終的に彼女が自白するまでホント修羅場でした。

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567: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/02/19(日) 21:30:58.98
俺現在32歳。この話をすると、大体年を疑われる修羅場w

俺が5歳の頃に母が三つ子を妊娠。
入院とか出産とかその後も入院とか、まあとにかく大変で俺の面倒
見れないからと、小学校に上がる前の1年と上がっての1年計2年間
母方のばあちゃん家の、超田舎に預けられて過ごした。
そこで母の姉の子(従兄弟)2つ上と、従兄弟の友達・俺と同級生のA、
Aの兄のBの4人でいつも仲良く遊んでた。
忘れもしない秋の夕方、近所のうちの山の神社脇
(といっても近所は全部山ww)で
木の実取りに夢中になっていた。その日は絶好のポイント見つけられて
競うように取ってた。しかし夕暮れが近くなって、ばあちゃんが
呼びに来て、俺は従兄弟とすんなり帰宅したんだが、
食い意地はってたAはB兄に促されるももうちょっと!
と粘りついには切れたB兄に置いてけぼりにされた。

そしたらA夕食の時間になっても戻らない。家族が捜しに出るも
見つからず、うちにも話聞きに来てた。
すぐ後に消防団やら自警団・警察の人が山狩りに出たが見つからなかった。
しかし翌朝、Aは惨杀殳体で発見。
なんと野豚に食い杀殳されていた。雑食の豚コエェ!ってなってそこから
豚肉が食べれなくなった。さらにその犯人の豚が射杀殳されて解体された
んだけど、消防団のおじちゃんが、供養に食えって肉もってきて
それ皆普通に食ってたのが激しくトラウマ。
Aくん食べた豚食べてるー!って錯乱したらしいwww

あと小学校がボットン便所w年に1人は落ちてタヒんでた。
しかも落ちてすぐタヒぬんじゃなくて、2週間後ぐらいにタヒぬのな。
俺が入学したときも、トイレの注意ってすげぇされた。
にも関わらず、一こ上の女子が落ちてタヒんでた。しかも引上げられて
私タヒんじゃう~!って号泣。あの声は一生忘れられない。

 
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10: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/02/15(水) 15:41:38.41
小学生のころ、同学年の児童(顔と名字は分かるが話したことはほぼない)の親に 
車で隣の県まで連れて行かれて放置された。 
たまたま親切なおばちゃんが声かけてくれて交番→警察署→パトカーで自宅へ 
帰れたけど、下手すればタヒんでたと思う。多分今までの人生最大の修羅場。

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541: 1 投稿日:2012/02/11(土) 00:35:37.64
昭和50年代後半にあった私の修羅場。 
小学校に入学時からバス通学をしていた。 
家の最寄りのバス停から駅まで乗って 
駅で違うバスに乗り換え、小学校近くのバス停で降りて学校に行く。 
入学してから数ヵ月はバス通学には母が付き添いし、 
慣れてくると帰りは家の最寄のバス停で母が待つスタンスになってた。 

小学校1年の終わり頃、風邪をひいて数日休んで学校に行ったが、 
体調が万全でないため給食後に医者から貰った薬を飲んでた。 
駅でバスを乗り換えて乗ったのはいいが、猛烈な眠気がきて寝てしまった。 
母は、乗ってるはずのバスから私が下りてこないし、 
次のバスにも次のも乗っていない。 
母は血の気が引いて家に戻り、学校に電話して 
連絡を受けた担任は私が寄り道してないか探し回り、母も探してた。 
その頃、バスで目が覚めた私は周りの景色が違うことから 
乗り過ごしたことに気づき、どうしようと思ったが、 
「あ、反対側のバスに乗れば戻れるのでは」と考えてバスを降りた。 
降りて反対側の道路に渡ったのはいいが、肝心のバス停が見つからず、 
分からなくなってしまい私は泣きだした。

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