キチママ警報 -キチママ・生活系まとめ-

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家族

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37: 名無しさん@おーぷん 2015/08/03(月)22:55:49 ID:7Ni
大学生の頃、ずっと各種風イ谷・お水の兼業学生だった。
平日は24時間で睡眠が2限目と3限目の間(昼食時間)だけで、
5,6限が終わったら速攻で店舗型風イ谷出勤→12時閉店→深夜営業してるお水出勤→5時閉店→24時間デリ出勤→8時閉店→9時から大学1限目、という生活。
休日は一番稼ぎの少ない時間帯をブツ切りで睡眠にあててフルで働いてた。
生理中は小さく切った海綿を奥まで突っ込んでいたので、真面目にほぼ休み無しだった。
A○は出演してなかったけど、プロダクションに所属していて
普通のデリ嬢には任せられない系のコールガールもしてた。
例えば、未成年だから普通の風イ谷いけないってアイドルが事務所が高額出して高いホテルに呼ばれたり、
ベタなとこだと特殊過ぎる性癖の政治家や大企業の社長、会長とか。
外国人の有名人なんかもいたけど、それは間に入った日本の仲介屋に呼ばれたので本人たちは普通でした。

総額でとんでもない額を稼いだけれど、
全部家族のために差し出したので1円も残ってない。
もちろん自分の学費や家賃には使わせてもらったけど。
今の旦那には、結婚する前から事情はだいたい話してはいたけど
たぶん月50万くらい稼ぐ普通の風イ谷バイトしてた過去くらいにか思ってない。
ひどい過労で何度も入院したけど、
妊娠も性病にもかからなかったのはすごく幸運だったんだと思う。
引退したのは、実家の家族からもう用済み宣言されたので。

その後普通職について旦那と出会って、
事情も話した上で友人のつもりだったけど
2年口説かれてやっとお付き合いして
結婚するときに、私の希望で人相を変える為に整形手術をした。
よくある平凡な名前なので、籍をいれて姓が変わって
生まれ変わった。前の名字を捨てられて本当に嬉しかった。
この平凡な名前だけは実親に感謝している。あとは憎しみしかないので思い出さないようにしてる。

今本当に幸せ。
たまに誰かに洗いざらい話して泣いてみたいと思うけど
墓まで持っていくしかないんだろうな。

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551: 名無しさん@おーぷん 2016/03/07(月)02:06:35 ID:9RB
もう20年以上前に亡くなった祖父は、たぶん完全犯罪者。
私も私の家族も「犯罪者の身内」になりたくなくて
祖父を庇った。
おかげで何事もなく人生を過ごしてきた。
ごく平凡な毎日が、とてつもなくありがたい。
あの時祖父を自首させていたら
結婚することも出産することもなく
今頃孤独な生活をしていたんだろうな。
Kサツにうそのアリバイ証言をしたことは、まったく公開していない。
ただ、刑事ドラマを見るたびに
いつも犯人の立場で見てしまう。
相棒の右京さんが、もっかの「心の天敵」。

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410: 名無しさん@おーぷん 2016/02/10(水)15:48:46 ID:utV
不倫した挙句、奥さんに職場に乗り込まれたことがある。
大学卒業後、親のコネで地元の有名企業にUターン就職。
当時、父はその会社で部長クラスだった。
就職して2年目、同じ町の一回り上の男と付き合いはじめたのだけど1ヶ月後には既婚と判明。
でも、自分でも本当に何を考えていなかったのか何も考えていなかったのか、
考えたところで正解が導き出せないほどのバカなのか、なんなのかわからないけど、交際を続けてしまった。
それも、今では考えられないほどに堂々と。
地元でデート。人口1万人の町でデート。バレないわけない。
遠出したとしても、ちょっと遠いモールや動物園。目撃されないわけない。
後から知らされたが、奥さんが乗り込んで来る以前からすでにかなりの噂になっていたらしい。当たり前だ。

結局、交際開始から1年後に奥さんが突然職場に乗り込んできた。
窓口業務だったので、逃げるすきすらなかった。
写真で見たとおりの美人。姉さん女房だけど、男より年下に見えた。
「あなた!フルネームさん!どういうつもりですか一体?説明してください!」
そこからは「質問形式」で、なにもかもを大声で詳しく暴露されるという修羅場。
「フルネームさん? あなたは私の夫と何年何月くらいから肉体関係にあるって本当ですか? ○×ホテル(町で唯一のラブホ)の常連って本当ですか?
「フルネームさん? 大学生のころ親に黙ってキャバク●でバイトしてたって本当ですか?(男にだけメールで教えていた事実)
「フルネームさん? あなたの両親は家庭内別居中で父親は出張のたびに変なマッサージ屋さんに行くって本当ですか?(↑と同じ)
「フルネームさん? あなた私のことをメールでPTAって呼んでいたって本当ですか?(本当…PTA会長だったから)

腕を掴まれそうになったけど、パンプスを脱ぎ飛ばし裸足でダッシュし車に乗り込んで、実家にキャッシュカードと暗証番号書いた紙残して、携帯をへし折って庭で燃やし、また車に乗って逃亡。
実家に生活費も入れず遊び代以外給料はほぼ貯金に回していたから、
残高500万円分くらいはあったので、足りないかもしれないけどそれを慰謝料でもなんでも使ってくれと思って。
あと、なんでかわからないけど、ファミチキを6個一気食いした。
一晩中運転して大学時代の友達の家に転がり込み、そこから1度も地元に帰っていないし、向こう側との交渉は両親と両親の知り合いの弁護士が窓口になり私はノータッチ。
もちろん男ともあれっきり1度も連絡を取っていない。男夫婦は離婚したらしいけど詳しくは知らない。
結果的に父は早期退職したのだけど、離婚の話も出ていた母との仲が良好になり、二人で姉夫婦が移住して暮らしている某東南アジアに移住した。

私のせいで家族全員が地元を捨てるようなことになってしまい、本当に後悔しているし、
いつ本当に辛い因果応報がやってくるんだろうかと考えるとぶるぶるする。

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383: 名無しさん@おーぷん 2016/02/02(火)17:52:26 ID:8i3
家族全員で祖父を見杀殳しにしたこと。

祖父は酒があってもなくても暴れる糞みたいな奴で、
もともとは別居だったのだが、事情があってやむを得ず同居することになった。
女子供を見下している祖父は私と母には暴力を振るった。
といっても80過ぎのじじいの力なんて大したことなかったけど。でも不愉快だった。
父と兄には敵わないと思っているからか、こちらには暴言を吐きまくった。
バカアホタヒね程度のものだったけど、やっぱり不快だった。

祖父は頭も体もしっかりしていたから施設には入れなかった。
私たち家族は数年祖父の暴力と暴言に耐えた。

数年して、祖父が珍しく風邪をひいた。
咳がひどいみたいだった。
薬をよこせと言ってきたから、私のピルの偽薬のところをやった。
「プラシーボがんばれ」って母と笑ってた。

数日して吐血したから病院に連れて行ってやった。
結果、即入院。
肺炎を起こしているのと、ほかにも内臓疾患があったみたいで、
見る見るうちにザ・病人!って感じの見た目になっていって笑えた。

1ヵ月くらいしてタヒんだ。
風邪をひいた時点で病院に連れていけば、
あるいはちゃんと市販薬を渡していれば助かったかもしれない。
ただ、今思えば家族の誰も祖父のことを心配していなかったし、
早く悪化しないかなーって待ってる雰囲気だった。

もしかしたら、保護責任者遺棄致タヒってやつに該当するのかな?
でも全然後悔してない。
あれから家は平和になりました。

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562: 名無しさん@おーぷん 2017/02/19(日)20:00:04 ID:asr
母親から逃げるために、弟と妹を生け贄にしたこと。

うちは両親がちょっと特殊な仕事をしていて、私は「どちらかの跡取り」になることを義務づけられていた。
物心つく前から「将来は◎◎か、△△になるのよ」と言われて育ち、そのための英才教育を徹底的に仕込まれた。
読書以外の娯楽は一切禁止で、友達と遊ぶ事も許されなかった。
幼稚園から帰るのが嫌で「家に帰りたくない、ずっと幼稚園にいたい」とダダをこねたことを、今でもよく覚えている。

小学校1年生のときクラスメイトが、
「妹が生まれてから、両親が妹にかかりっきになった。妹のことばかりで、自分はほったらかしにされている」と言うのを聞いた。
「弟か妹が生まれれば、両親は私をほったらかしにするかも」とひらめいた私は、帰宅してさっそく両親に「弟か妹がほしい」とねだった。
両親としても、跡取りは2人(「父方の職業を継ぐ子」と「母方の職業を継ぐ子」)必要なので、いずれは…と思っていたらしい。
私は両家の祖父母&従兄弟にも働きかけ、「やっぱり一人っ子は…」「兄弟はいたほうが…」と誘導してもらった。
そして私が小学校3年生のときに弟が、小学校6年生のときに妹が生まれた。

私の思惑通り母は弟と妹にかかりっきりになった。
そして私はそれとなく、弟と妹がいかに優秀か、自分よりいかに優れているかを両親と弟妹に刷り込んだ。
「弟は私より◎◎に向いてると思う」「私なんかより妹のほうが、ずっと△△がうまい」と言い続けていたら、
いつの間にか弟も妹も本気になり、私が大学受験を迎えるころには「跡継ぎになりたい」と自分から志願するほどになった。
両親は弟と妹を跡取りにし、私は晴れてお役御免となった。
「お前には悪いが、お前は跡取りとして認めない。弟妹に継がせるから、お前は自分一人で生きろ」と言われたときの開放感は忘れられない。
遠方の大学に進学し、そのまま就職して結婚して、今に至る。

2人とも立派な跡取りになり、「お姉ちゃんが譲ってくれたおかげで、天職に巡り会えた」と喜んでくれている。
譲ったんじゃなくて押し付けたんだ。巡り会えるように洗脳したんだ。
自分の人生を守るためにしたこととだから後悔はしてないけど、今でも申し訳なく思っている。

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