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家族

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461: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/02/10(金) 18:11:22.08
5~6歳の頃の修羅場というと 

ウシガエルを幼稚園バッグに入れて帰宅 
→爬虫類嫌いな母、グーグー鳴くバッグに何事かと手を突っ込み 
ウシガエルを鷲掴んでしまい母修羅場。 

コップ入れにみっしりとダンゴ虫を入れて帰宅、宝箱と称した 
空き缶(ガラクタ入れ)に。 
→ゴソゴソ言う缶を虫嫌いな姉が開封、姉修羅場 

原っぱでカマキリの卵を発見。当然のように持ち帰る。 
→暖かい室内でカマキリ孵化、虫嫌いな姉がひきつけを起こし 
家族中が修羅場 

位かな。 
ちなみに都内在住の♀、子供の頃のあだ名は「フランス人形の皮を被った野人」だった。

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918: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/02/07(火) 03:24:47.24
深夜だし、昔の修羅場を一つ。

時々出現するおばさんで、「キチ●イ」といわれているおばさんがいた。
そのおばさんは、時々、ウチに怒鳴りこんで、何言ってるか分からないような
言葉でワァワァ騒ぐ人。怖かった。近所に住んではないんだけれど、時々外でも見かけて、
親にも、「あの人に近づいたら殺される」とか、「話しかけられたら走って逃げろ」
とか、再三言い聞かされ、姿を見たら走って逃げてた。

中学校入学が近い日、家に入ろうと門入ったら、玄関前にそのおばさんがいた。
敷地内であったこと無かったし、おばさん走り寄ってくるしで、これは殺される!と
思ったけど、足がすくんで逃げられなかった。
そうしたら、腕つかまれて、「やっとやっと!!待ってたああああくぁwせでrftgyふじこ!」
みたいな、意味がつかめないようなことを、抱きしめられながら(というか、全身つかって
全身をなでさする勢いで)叫ばれた。
私も恐怖で最高潮だったとは思うんだけれど、ここらへんから夜ごはんまで記憶が飛んでいる。
あれが自分の中で、1つめの修羅場。

その夜ごはんに、父と母とおばさんと私と弟の5人で食事しにいって、幼い頃から
母親と呼んでた人が、全く血のつながりのない人で、おばさんが、自分の実の母だ
ということを教えられた。
しかも事情を話す時に、「それは真実じゃないだろお前!」みたいにお互いがののしりあいだし、
「お母さんと住もう」「いや(私)はうちの子です!」みたいな喧嘩になり、
グラスや食器が割れ、自分も思春期まっただ中で「全員気持ち悪い!」と思ったのが、
2つめの修羅場。

ちなみに全員今は故人。
短くしようと思ったけど、こんな感じ。

 
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734: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/01/10(火) 08:00:49.73
大伯父は戦前にオリンピック代表選手に選ばれた
今もそうだろうけど、当時も「郷土の誉れ」とかなり大々的に見送りを受けたらしい
(家には国旗に寄せ書きとか千人針とか色々残っている)
しかし優しい人だったので 、競技は他の人に譲り自分は控えでいたらしい
帰国した大伯父は病気になり、戦時中は兵役免除で代わりに末っ子の祖父が徴兵され、戦地に行く前に戦争が終わり、そのまま家を継ぐことになった
私が小さい頃に独身で亡くなったが、葬式は大変盛大に執り行われた
当時、「おじさんはどうしてお嫁さんがいないの?」と聞くと「あまりにかっこよすぎてお嫁さん候補が多過ぎた。おじさんは優しい人だから誰も傷つけたくなくて結婚しなかった」と教えられた
そして証拠だ、と見せられたのがオリンピックに行く時に撮られた写真
今でも通用するなかなかのイケメンで、子供の時は納得していた
しかし大人になり、どうやら大伯父が心の病に罹ってしまい、家族みんなでそんな彼を好奇の目から守っていたことが分かった
そのためなら陸軍に土地を差し出すこともいとわず、とにかく大伯父が「非国民」扱いを受けないように大事にして来たらしい
オリンピックで何があったかは分からない
しかし時代が時代だけに、もしかしたらユダヤ人狩か虐杀殳したところを見てしまったのかもしれない

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352: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/01/06(金) 12:54:58.19
彼氏がいつの間にか妹とくっついていた。
二人でデートしてたのを目撃し、どういうことだと近くの喫茶店に連れ込んで問い詰めたら

彼「お前は一人で生きられるだろうけど、こいつは俺が守ってやらなきゃダメなんだ。
こんなことになっちゃったけど、お前を好きになって付き合ったことは後悔してないよ。
お前のおかげで運命の人に会えたんだから……」
妹「お姉ちゃん、ごめんね。でも私、この人じゃないとダメなの。
お姉ちゃんには悪いけど、この人への気持ちを諦めたら絶対後悔する。
その代わり、お姉ちゃんの分まで二人で幸せになるから!
優しいお姉ちゃんなら、絶対いつか運命の人に会えるよ」
と、ドラマみたいな台詞をぶつけられた。
思い出したくなくてもたまにこの場面が浮かんでくるので、今でも内容をハッキリと覚えてるのが悲しい。
今なら、ある程度は冷静に対応できるかもしれないけど、その時はキョドって
「あ……いや、好きになったものはしょうがない、のかもしれないけど、
でも、せめてあんた(彼)さあ、私に別れるって言ってから付き合って欲しかったっていうかその、
けじめぐらいつけるべきなんじゃないのかな~?違うの?」
みたいなことしか言えなかった。彼も妹も「それはその通りだ、ごめん。」みたいなことだけ言って終わり。
それから、確か三年後に二人は結婚した。今、私の実家の近くに住んでいる。子供が二人いるらしい。

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177: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/01/04(水) 13:01:09.16
親が原因の怪我は結構たくさんしてきた

最初は父親、私は幼稚園児
自転車の補助輪を外す練習の時、支えていてくれるはずの父親が全力で突き放したおかげで、
猛スピード回転のペダルに足が付いていかず猛スピードそのままで転倒
右足が血まみれになった娘を父親はかついで帰宅
水洗いと消毒をされて終了
未だに膝に痕がある

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