注目の人気記事

子供

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr
675: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/06/01(土) 21:50:57.32
数年前の出来事です。
私はずっと保育士をしていて、当時勤務していたところは割と少人数の保育園。
私とX先生の2人で年中のクラスの担当をしていた。
クラスに1人A君という母子家庭の男の子が居た。
A君はいつも元気が良くてその元気さに私たちが振り回されるくらいだった。

そんなA君がある日を境にどんどん元気が無くなっていった。
前までは外遊びの時は底なしの体力で走り回り、中遊びの時も飛び跳ねているような子だったのに
ぼーっと虚ろな目をして、ずっと私かX先生にベッタリくっつくようになった。
外遊びの時もみんなと遊ばないでずっと先生のエプロンを掴んだままで、中遊びの時は先生の膝の上に座ってずっとしがみついていた。
そして母親が迎えに来る時間が近づくと「帰りたくない」ってグズグズ泣き始める。

続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr
553: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/06/01(土) 08:41:37.78
子供の名前で嫁と母親が対立
嫁にはずっと前から決めていた名前があるのだが母親が
「私は息子と娘に名前を義母に付けさせられたのだから孫の名前は
私が決める」
とゆずらない
妹が嫁の援護射撃で
「義姉さんが考えた名前はすごくいい」
といったら
「義母の考えたダサい名前のアンタは口出しするな」
といってしまい妹激怒

コレは収集が付かなくなると思い早めに嫁を里帰りさせた
その日から夜はずっと名前のことで親と喧嘩ばかりしてたのが
俺の修羅場

続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr
425: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/05/30(木) 10:11:24.35
すごく長い上、読みにくかったら申し訳ない。一応メモでまとめてある。

一年前に父が亡くなった。
タヒ因は心臓発作。

父は金にすごく緩く、母に大変苦労させていた。
事業を起こし、大きな失敗をして借金をこさえていたが
技術的にはかなり上位に食い込む実力があったため、色々なコネでなんとか仕事をして
一般的なサラリーマンよりも稼げていた。まぁとは言っても借金の返済の方が上回っていたけど。

俺は長男(26)で、次弟(24)と末弟(18)がいる3人兄弟。
一番下の末弟は現在高校生でもうすぐ受験。

持ち家は土地が母と祖母名義、建屋が父名義で両方共に抵当に入れられていたため
母の土地をなんとか残す?ため、父と母は離婚。
父はその後、自己破産か何かをする予定だったらしい。これは母からの伝聞で詳しいことは知らない。

父の生前は、母は母の土地と父の建物に末弟とともに住んでいて、父は仕事の出向先に近い場所でアパートを借りて住んでいた。
母も特殊な技術職で、それなりの額を稼いでいた。それでも父のこさえた借金の一部を肩代わりしていたし、弟も高校生だしでなかなか厳しい生活だったけど。

俺と真ん中の弟は仕事場が近いこともあり実家とは共に別の所で同居してる。
ここまでが前提。

続きます。

続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

148: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/04/02(月) 15:25:21.79
二十年近く前の修羅場。

自分は当時小学校低学年くらいだったのだが、その当時の記憶がさっぱり無い。
その頃に両親が離婚し、父親に引き取られて、父親の実家で祖父母と四人で
暮らしていた。

どうにもモヤモヤするので父親に聞いてみたら、衝撃の事実がわかった。

その当時、近所に母親を亡くして父親と二人暮らしの、私と同い年の女の子がいた。
いつもおなかをすかせて、綺麗な服も着ていない女の子を、私の母は同情して、
家に連れて来ておいしいものを食べさせたり、綺麗な服を買ってあげたりしていた。
母親がいないから、可愛がって、いつもかまってあげていた。

その間、私はほったらかし。おやつも無い。服も買って貰えない。おもちゃも譲渡
させられる。文句を言うと、あの子はかわいそうだから、と叱られる。
それが続き、私は母親にかまってもらおうと自分で足を骨折させた。
けれど、全然かわいそうじゃなかったようで、次々怪我を作って行った。
多分、精神もおかしくなっていたと思う。そんな自分を見かねたのか、父親が私に
話を聞くと、どうすれば、あの子よりかわいそうになれるの?と、完全に焦点の合ってない
目で呟いたそうだ。

結局、父と母は私の事で大ゲンカ。そして、その際に女の子の父親との不倫発覚。
離婚して私は父と実家に戻り、父親と祖父母からたっぷり愛情を貰って普通に育つ事が出来た。
女の子の父親と元母は再婚し、子供が生まれてから愛情は自分の子だけに注がれたらしく、
今まで貰えていた愛情をいきなり無くした女の子は結局グレて家を出たそうだ。
かわいそうな子を作ったのは、紛れも無く母親だと思うが、特に同情は無い。記憶も無いし。

続きを読む

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

863: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/03/30(金) 12:46:47.03
20年ほど前、私が3つくらいの話。
まずは母の記憶。改行変だったらごめんなさい。

近所のスーパーからの帰り、母と私とが家の近くの信号に差し掛かったとき、私が黄
色信号ギリギリで渡った。母は信号無視になる所を見せたくなかったし、信号渡って
すぐの路地を入ったら我が家だったので、特に気にせず信号を待った。
しかし信号を渡り、路地に入って我が家の玄関を見ると私がいない。玄関に買い物袋
を落としてしまい、私を探す。しかし、私を大声で呼んでも私の声はしない。
その路地の入り口は車が一台ギリギリ入れるかどうか。出口は自転車でもすれ違うのは難しいほど。しかしその出口まで探しても私はいない。私の叫び声も聞いていない。その路地には人がすれ違えないほどの脇道があった。
その脇道は見てなかったと、母は入りまた私を呼んで探す。その脇道にあった室外機の影に私はいた。何食わぬ顔で「ママ…?」と。私は、知らないお兄さんに隠れんぼしようと言われ、隠れていた。と言ったらしい。
何もなくてよかったね。とそれが母の記憶。

私の記憶。
習い事の帰りに、母が買い物に行くと言ったので私は先に帰ることにした。路地に入ったら脇道の方から知らないお兄さんが手を振っていた。何も考えず寄って行くと、いわゆる変質者で、下半身丸出しだった。
変質者は「びっくりしないの?」とか「見たことあるの?」とか言ってた気がするが「パパのとか見たことある」と返したと思う。
変質者は私にそれを触らせようとし、私が嫌だったが変質者に手を取られてしまい、
触ってしまった。そのうち「舐めて」とか言われたが、それは排泄するための物なのは知っていたから汚くて嫌だった。それは
させられなかった。
しかし、私の服を脱がし、パンツも脱がし、下を舐め始めた。何してんだろーっと思ってたらお母さんの私を呼ぶ声が聞こえた。
あ!と思って急いでパンツや服を履いていると変質者は母が帰ってきたことに気づいてどこかへ行った。
私は、なんだかわからないけど、とりあえずお母さんにバレちゃいけない。というのはわかったので、何かしてた振りをしなきゃ!と思って隠れた。
そこまでが私の記憶。
お母さんの中では、私にはその記憶がないものだと思われている。
バレたらどうなるんだろうと、幼いながらに思った修羅場でした。

 
続きを読む

このページのトップヘ