キチママ警報 -キチママ・生活系まとめ-

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両親

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238: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/01/22(火) 00:21:49.81
父親が自動音声に向かって話してたとき。

子供のころ、親の仲がわるかった。
そして、父は定期的な収入がなかった。
たぶん自営だったんだと思うんだけど、詳しくは知らない。
母に「今月はまだなんですか?」とか聞かれると機嫌を悪くして怒鳴っていた。
いつからか夜遅くに父が帰宅すると家族は早々に寝室で寝たふりをする習慣がついていたんだけど、
よく、そのころはまだ珍しかった携帯の着信があり、隣室からその会話が漏れてきていて
母はそれを聞いて「仕事はしてるみたい」と思っていたらしい。
ある夜、また携帯が鳴って、調子よく父がしゃべっているのが聞こえた。
で、相手の声も聞こえるんだけど、なにかがおかしい。
相槌を打っているふうでもなく、会話をしているようには聞こえない。
そのままよーくよーくその声を聞いていたら、それが時報だというのに気付いた。
父は、時報に向かってさも仕事をしているかのようにしゃべっていただけだった。

気付いた瞬間がものすごく修羅場だった。大混乱とかいうレベルじゃなかった。
気持ち悪かった……

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881: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/01/15(火) 22:47:12.27
両親の別居の理由を20になるころに初めて知った。
父は本州出身、母は北海道出身。私は一人っ子。
私は生まれは北海道だけど、1歳頃から本州、3歳頃に北海道に戻ってきた。今も北海道。
今までずっと「仕事の都合」で別居だと聞かされていた。周りはみんな親子みんなで出かけているのが羨ましくて仕方なかった。
小学校の頃、お父さんと一緒に暮らしたいって作文コンテストで書いて賞までもらった。
母方のいとこ2人とは兄弟のように育って、たまに本州の家に帰ると父方のいとことも遊んだ。
父方いとこの末っ子は私以上に私の父に甘えていた。プレゼントのおねだりもうまかった。それが羨ましくて仕方なかった。

私が3歳のころからずっと別居、いつか離婚するとは散々聞いていた。
高校に入ったらーだとか卒業したらーだとかアンタが二十歳になったらーだとか。まあそんなもんかと思っていた。
20の誕生日が近くなった頃、母がぽろっと別居の理由を教えてくれた。父の浮気が原因だった。
最初は何を言われたのか分からなかった。私の中の父の姿が崩れていった。
浮気の慰謝料やなんかをもらわない代わりに生活費をもらっているそうだ。
そして私の20歳の誕生日の2日後、両親は正式に離婚した。

離婚はしたものの私はまだ学生で、中小企業の役員である父からの振り込みが頼り。
何年もあってない父への数少ない連絡が金の無心。毎度毎度タヒんだ目でメールをうつ。返事はない。
父方の祖母に貸してもらった振袖で成人式に出た旨を連絡するも、やっぱり返事はない。

そういえば父は最初、母でなく、母の妹が好きだったそうだ。なにそれ。笑える。
ついでに父方いとこの末っ子は今どこぞのクラブで働いていて、その斡旋をしてやったのは俺なんだと父は自慢げだった。
お前ももう少し稼げるバイトでもすればどうだ、とも言われ、ああ、これがこの人の考えなのか。と妙に乾いた気持になった。
私は残念ながらオトンそっくりのクソみたいな不健康デブスに育ち、おとなしーく家庭教師のバイトをしている。
「そんなクソつまんねーバイト何が楽しいんだよwwwwww」とバイトを始めた当初に言われたのを思い出してカキコ。たしかにクソつまんねーけどさ。

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164: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/01/08(火) 09:51:50.35
親の愛って悪い方に働くととことん悪くなるよね
どこかで吐きだしたいと思ってたけど、便乗して書かせてもらう

姉が自分の子(男子二人)を杀殳すって脅迫した後
自さつしたことだ。先週49日が終わってようやく落ちついた
元々両親は厳しい所があったけど、その厳しさが明らかに姉>妹(自分)だった
姉には躾以外の部分では素っ気なく、自分には優しい親というか、物理的や
金銭的な差別は無かったけど、子供でもそうと判るくらいだったから
結構あからさまだったと思う
姉は親じゃなくて自分に憎しみを向けて、子供の頃から色々な嫌がらせをされ
自分はそんな親に反発して早くに家を出た。干渉を避けるために生活費は
頑として受け取らず、自力で学校を出て就職、夫に出会い結婚
上の子を妊娠してからようやく両親と和解した。家を出てから7年が過ぎてた
姉はまだ実家で暮らしてて、里帰りをした自分に
何で戻ってきた、どこかで野たれタヒねば良かったのに、子供と一緒にタヒねと
言い続けた。勿論親のいないところで

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149: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/01/08(火) 00:10:32.57
まとめサイト読んでたら書きたくなった自分の話。
うちの両親は「いい人」な自分が大好きで、子どもの気持ちを考えない人だったから、
干渉がひどかった。2人兄弟の兄の俺には、「初めての子だし、とにかく何もかもが
分からないから心配」とついてくる。公園に遊びに来る時も塾も学校も全てついてくる。
母親は専業主婦だったから、同級生にそれで俺が笑われてもからかわれても
いじめられても、止めない。俺がきれて来るなと言っても「どうして?」「親が
心配するのは当然でしょ」と気にも留めず、毎日毎日ついてくる。
弟は俺ほどじゃなかったけれど、同じように学校に行く時は一緒だった。

中学にあがり高校になった時には、母親に対して憎しみしかなかった。
母親は言葉が通じないので父親に訴えたら、「こんなに愛している親はいない」と
言葉がつうじない。母親は高校の授業参観が日常的にしたいとPTAに訴えたらしく、
変人の子として俺も有名人になった。高校生活はそれ以外も母親のせいで暗黒だった。
大学受験は地元の大学の受験しか許されなかったため、センター試験をまともに受けず
浪人になり、高校卒業と共に家出して県外へ逃げた。
誰も知らない土地で一人暮らしして、一から人間関係つくって、自由満喫して
1カ月ぐらいしたある日、家に帰ったら母親がドアの前で大量の荷物を持って
立っていた瞬間が修羅場。

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455: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/01/01(火) 11:40:42.17
両親が揃って猫信者で猫アレルギーで苦しむ私を放置して、猫を多頭飼いし続けた。
食事に猫の毛が当たり前のように入ってるし、猫トイレは私の部屋のすぐ近くに置かれていた。
痒い、痛いと毎日体をかきむしる私を心の狭い人間かのように蔑み、
「わざとらしく泣いて嫌な子だね、こんなに(猫は)可愛いのに」と猫を可愛がる両親。

学生時代のアルバム、お気に入りの服、バイトで買ったパソコン、
亡くなった祖母が作ってくれた着物、
どんなに大事にしまってても全て猫に台無しにされた。
部屋に鍵をかけても「家族なのに」「猫が入りたがってるから入れてあげた」
と両親が無理矢理こじあけて猫に物を壊され汚される。
明日着る制服で爪をといでたから慌てて制服を奪い取ったら、
親が駆けつけてきて「動物虐待だ」と騒ぎ、
「猫が怪我でもしたらどうする」「家族なのにどうして優しくできない」
と何度もすりこぎで殴られて骨折。


今住んでる場所は野良犬や野良猫に厳しくて、
餌付けしてる人も厳しく注意される。
野良猫を見つけたら即保健所に知らせてる。

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