251: 多分1/5 投稿日:2013/02/11(月) 19:18:27.49
ROM専なので多分ぶつ切れになるだろうけど投下。
あと長い。フェイクあり。ウザかったらさくっとNGお願いします。

小学校に上がってすぐ、両親が離婚した。
私は四人兄妹の末っ子。
原因は父親の借金。
父親は、母方の祖父が生きている間は大人しかったが
私が幼稚園の・・・多分年中組ぐらいの時に祖父が亡くなってから本性をあらわし始めたらしい。
ちなみに、父方の祖父は私が生まれる前になくなっており、両親共に祖母しか居なかった。
母親は何度も無理心中を考えるぐらいに追い詰められてたそうだ。
しかし、せめて末っ子が小学校に上がって手がかからなくなるまではと耐えていたそうだ。

そして、私が小学一年生の夏休み・・・にはいってすぐか、少し日数が経っていたのかは覚えていない。
とにかく、夏休みになったある日、父親が遠出をした時があり
いましかないと母は取るものもとりあえず荷物をまとめて子供たちをつれて実家に帰った。

前置きが長くなったが、その母の実家に帰った夜が私にとっての修羅場になる。




253: 多分2/5 投稿日:2013/02/11(月) 19:19:38.79
大人の事情はさっぱり理解できてないお子様な私は母の実家でぐっすりと眠っていた。
ふと目が覚めると布団ではなく自動車の助手席に寝かされている。
どこかの道路に路上駐車してるっぽい。あたりは街頭はあるが暗い。
もちろん状況が理解できずに固まる私。
ドアが開いて入ってきたのは父親。
どうやら電話ボックスでどこか(多分父方の祖母?)に電話してたっぽい。
当時は携帯電話なんて今みたいに普及してなかったから。
そのまま父の家へ。

後日、母に聞いた所によると、母の実家に父親が押しかけて眠っている私(多分末っ子だから一番軽くて持って帰りやすかったんだろう)を拉致ったらしい。
父親が押しかけた瞬間から私が母の元に戻ってくるまでが母(とその周囲)の修羅場だっただろうと思う。
どうやら借金のかたに売り飛ばされるか無理心中されるんじゃないかと心配してたらしい。

254: 多分3/5 投稿日:2013/02/11(月) 19:20:34.47
で、話は戻るが拉致られたその夜、多分父の家で寝てた・・・んだと思う。
記憶があやふやなのは許してほしい。
気づくと母たちが私を連れ戻しにきていた。
誰が来ていたかは正直あまり覚えていないのだが、母と一番上の従兄(母の姉の息子、空手有段者)と、父親の多分姉にあたる伯母は確定。
従兄の母である母方の伯母がいたかはよく覚えてない。
で、有段者の従兄は実力行使にでる事は確か禁止のはずなので口での攻防になっていたと思う。

玄関-居間-座敷  みたいな間取りだったと思う。

玄関に母達。居間に父親。座敷に私と父方の祖母。という位置関係だったはず。

私は泣きながら母の所に行こうとして父親にブロックされていた記憶はある。

255: 多分4/5 投稿日:2013/02/11(月) 19:21:51.75
「○○(私)も母親の所に行きたがっているんだからいかせてあげなさい。可愛そうでしょう」
という台詞は父方の伯母のものらしいのだが、私の記憶では祖母の台詞になっていたりする。
あとで母とこの夜の話をするまでは父方の伯母がその場に居た事も覚えてなかった。
母曰く、祖母は私を抱きしめて離さず、目がちょっとイってる感じで怖かったそうだ。
私に何かされるかも(無理心中とか)というのを感じるぐらいだったといわれた。
当然ながら私にはその記憶はさっぱりない。

で、結局はその夜、母達は父方の伯母に「自分が責任を持って○○(私)の身の安全は確保するから、もう遅いし一度帰ってほしい」みたいな感じで説得されてしぶしぶ帰ったらしい。
翌日か、それとも数日経っていたのか。全く覚えていないが父親に「母さんとこに帰りたいか」と言われて「うん」と頷いたら車で送ってもらえた。

私が帰ってきた日の夜、母は安堵のあまり倒れたらしい。全く覚えてなくってごめんよ、かーちゃん・・・

256: 多分4/5 投稿日:2013/02/11(月) 19:23:52.22
まぁ、その後も父親がほぼ毎日小学校の通学路に待ち伏せしてたり、母の実家に電話してきたりと色々とあったが
末っ子の私が小学校を卒業するぐらいにはおさまっていたと思う。

今も父は父の家のある所に住んでいると聞くが、会いに行きたいとは思わない。
ただ、父方の祖母はどうしたんだろう。もう亡くなってしまったのかな。とか
父親は再婚したんだろうか。それともずーっと一人なのかなーとかは思う。
けど、父親の老後の面倒をみれって言われても見たくない。
冷たいかもしれないけど、娘の雛人形用の資金まで使い込んだのはちょっとうらむ。
私だってお雛様ほしかったんだ・・・・・・
兄たちだってこいのぼりなかったしね。多分使い込まれたんだろうね。

257: 蛇足 投稿日:2013/02/11(月) 19:25:06.84
まだ父親と同居してたときの記憶。
「おとうさんがおかあさんいじめるからわたし、ここ(両親の間)でねる!」と口にした記憶があるわけなんだが
多分そのころには両親の仲もさめてると思うし、にゃんにゃんなことではないと思う。
母親は父親の暴力とかには触れなかったが、あったのかなあ。
ひょっとしたら言葉の暴力のほうかもしれないけど。
でも、修羅場の記憶もあいまいだし、自分の中で作り上げた実在しない記憶なのかもしれない


4/5が二つある・・・orz
最後5/5にしといてください。

258: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/02/11(月) 19:25:48.77
お疲れ。

しかし、だったらなんで4人も子どもを作ったのか・・・
なぞだな。

でも、母の元にかえしてくれてよかったね。
多少なりとも251のことは考えてくれてたようだね。

259: 251 投稿日:2013/02/11(月) 19:31:49.47
>>258
母曰く、母方の祖父が亡くなるまでは一応まともだったらしい。
多分祖父が怖くて大人しくしてたんだと思う。
で、祖父が亡くなって、目の上のたんこぶがなくなってはっちゃけちゃったのかなーと思う。
父方の祖父がいつ亡くなったのか、どんな人だったのか知らないけど
目上の人には逆らえないような性格だったのかも。

引用元: http://www.logsoku.com/r/2ch.net/live/1360371307/


1000: 名無しの心子知らず