キチママ警報 -キチママ・生活系まとめ-

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2016年02月

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481: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/02/16(土) 00:54:16.79
書き逃げ

最近知った私のというより家族の修羅場
私は赤ん坊のころから体が弱かった為に入退院を繰り返したいた。
と言っても原因は酷い風邪が殆どだったけども。

私が三歳くらいの時どうしても熱が下がらなかった。いくつか薬を試したらしいが
全部ダメ。
医者は最後の手段でとても強い薬を使った。
それで熱が下がらなかったら白血病を疑った方が良いと言われたらしい。
結局熱はその薬で下がったらしいが家族にとって結構な修羅場だったと思う。

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425: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/02/15(金) 09:10:31.67
プチですが幼少時に溺れタヒにそうになった修羅場。

まだ小学校に入る前だったはず。町内の学校のプールで、親子水泳教室があった。
怖がりで人見知りの私は、母親にしがみついて離れなかった。プールに入ってもひたすら怖くて怖くてしょうがなかった。
先生の指導も一切無視、網戸にしがみつくカナブンのように母親から離れない。
しびれを切らした母親は、無理にでも水に慣らそうとしたんだと思う。
力ずくで私を引きはがし、水につけようとした。

猛抵抗の私と、母親との攻防。落ちたらタヒぬ!大丈夫怖くないから!
必タヒでしがみついた私の手は母親の水着に。
「やめなさい!のびるでしょ!」「うわあああああん!」
「痛い!こら!」「うわああああん!」
暴れた結果、母に片側ポロリをさせてしまいました。
ポロリももちろん、水面に飛び散るパッドに絶叫する母。両手でポロリを隠してパッドを拾い集めるため、
水面に放り出された私。当然溺れます。
みんな乳やらパッドに驚くわ、母親叫ぶわ…。
もがくわ水は飲むわ泣くわ、タヒぬかと思った、本当にタヒぬかと思った。そこから記憶が飛んでる。
実際には周囲の人が助けてくれるまでのほんの一瞬だったそうですが、私はショックでぐったりしていて大騒ぎになったらしい。

最近帰省して当時の話になったので本人談も交えて書き込み。
お母さんごめんなさい。今でも泳げません。

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446: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/02/15(金) 17:36:02.21
小学生の頃、親が転勤族だったもんであちこちに転校した

転校先の1つ、A県のA小学校では林檎(仮)祭り、林檎リレー、林檎運動会、林檎交流…とにかく林檎(仮)のつくイベントが多々あった
そして小学校6年生の終わりにB県のB小学校に転校
卒業文集で、おきまりの「小学校の思い出」を書くことになったはいいもののB小学校にはほとんどいないのでネタがない
「B小学校のことしか書いてはダメ」という担任に頼み込んでA小学校のネタを3割くらい入れさせてもらった

締め切り三日前くらいに文集の下書きを見て先生大激怒
どうやら林檎(仮)が先生の出身地では差別用語にあたるとかでまずは学級会でつるし上げ
その日のうちに親が呼ばれて「どういう教育をしてるんだ」と先生からお叱り
一日以内に書き直せと言われたけど無理で、卒業文集は先生が書いた文章を自分の名前で提出させられた

たった三日未満だったけど、すごい修羅場だった
救いといえばつるし上げをくらっても友人関係はほとんど崩れなかったこと
親が「そういう名前のイベントなんだうちの子供は悪くない」という態度を貫いてくれたこと
騒動が教頭だか校長だかの耳に入り、その先生が非常勤だったこともあって翌年度は学校から消えたことくらい

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303: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/02/13(水) 14:15:26.15
流れを読まずに。
放射能汚染危険厨の姉が海外イ移住したのは
一昨年の7月。子供の夏休み。日本には帰ってこないから!と
マンションも処分して、鳥が飛び立つようにバタバタと行った。
義兄の海外赴任先で永住するつもりだったらしい。
あいにく義兄が日本に戻ることになった。
義兄にしばらく「日本で単身赴任」させてた。急激に円安になって、
外貨で見る義兄の実入りに打撃。姉の優雅な海外生活に
急速に暗雲が立ち込める。

日本に帰ろうかな~チラッチラッとしているが、義兄実家には海外移住で飛び出したときのいざこざで、愛想を 尽かされて頼るに頼れない。
家は優雅な姉一家を一時的にしろ受け入れられる広さはありませんよ、ええ。
姉がウサギ小屋みたい、フフンと馬鹿にした小さいマンションですから。
ウチの両親も高齢者向けのこじんまりしたマンションに移って、そこにも姉一家が一時的に受け入れる余裕はありません。
義兄はボダな姉に振り回されて疲れ果てて、
「こっちくんな。そっちで生活してろ。」な様子。
どうやら日本に恋人でも出来たか?と疑ってる。
でも知らない。姉が自分の判断で鉄砲玉のように日本を飛び出したんだから
自分でケリをつけるでしょう。そんな姉の現在進行形の修羅場でした。

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364: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/02/14(木) 10:59:58.02
特殊な事情もあるのでフェイク入れてます。他の方々の書き込みを参考にしましたが汚い文章で申し訳ないです。

10年以上前のこと。
就職をきっかけに、実家車庫の上に部屋をもらった。下が車庫、上は物置と私の部屋。
ド田舎の家でトイレも風呂も外。(とはいえ建物の隙間をスノコやコンクリ、トタン屋根でカバーして通路のようにしてはある、通路には外から簡単に入れる)
毎日大声で「ごはんよ!」「風呂の順番よ!」をやらかすのが辛い、祖父母が耳や足腰が悪い、ということで各部屋に内線電話を設置していた。
で、当時の私、ほとんど下宿人状態で、部屋はグチャグチャ。
下着や肌着が消えることは時々あった。
でも、部屋が散らかってると見つからないことも多くて、不思議に思いながらも、時々買い足しながら生活してた。
妹が2人いたし、勝手に服を持っていくこともあったので。
中には社会人になって初給料で買った高い下着もあった。
でも誰かが持っていってる!と訴えても親も取り合ってくれなかったし、結局家族内で喧嘩。
むしろ、車庫に夜干しの下着が数回消えて以降、部屋干しにしてた母や妹には、逆に私のほうが疑われてた。

ある日深夜に帰って家族最後の風呂に入ってたら、脱衣場に母がダッシュしてきた。
「私子!お風呂入ってる!?」
いるけど、というと母が2階に駆け上がって父を呼ぶ声。
「お父さん!私子が2人いるー!!!」
私の部屋から、内線が発信されていたそう。それも何度も。なぜか、出てもなにも返答がない、でも切れない。ブーブーとうるさい。様子を見に行ったら窓の向こうにチラチラ動く懐中電灯の光。

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